イタリア古寺巡礼 (岩波文庫 青 144-6)

著者 :
  • 岩波書店 (1991年9月17日発売)
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パリ、ニース、ジェノア、ローマ、ナポリ、シチリア、アシシ、フィレンツェ、ボローニャ、ラヴェンナ、パドヴァ、ヴェネチア、ヴェロナ・・・。

時は1927年末から1928年にかけての時代。イタリアではファシスト党が幅を効かせてはいるものの、大戦間期であり、1929年の世界恐慌前の割と安定した時代。そんな時代にフランス南部とイタリア各地を旅行した和辻哲郎の紀行日記です。
題名は『イタリア古寺巡礼』ということで、旅行以前に著した『古寺巡礼』と符号を合わせるようなネーミングになってはいますが、単なる「古寺巡礼」に留まらず、フランス南部やイタリア各地の「風土」の考察、「古寺」を訪ねての建築物や、収蔵されている数々の美術品の観察・分析を、鋭い着眼点と優れた考察力でしかも端的に綴っているのが大きな魅力で、さらに旅の過程で折に触れて記される旅情や現地の香りが漂う身の回りの出来事の記述など、紀行文としてはなかなかの秀作に仕上がっています。
意外だったのは、当時のヨーロッパへは和辻哲郎だけではなく、日本史の黒板勝美や考古学の浜田耕作や文学者の竹山道雄など何人もの日本のアカデミックな人材が渡航していて、折々に会し、旅行を共にしたり、飲み食いをしたりと、なかなか楽しげであったのですね。

この旅行で和辻はイタリアの自然や多くの古寺、美術品などに触れたわけですが、その炯眼にはまったく敬服するばかりで、事前に勉強もしていったのでしょうけど、そうした背景だけに留まらず、対象物を微細に部分観察していたかと思うと、全体像を俯瞰して見せたりと、学者らしい物事の配慮にはただただ感心するばかりです。まずもってそうした目の付けどころが違うんですよね。
特に和辻が関心を持っていたのは、ギリシャ彫刻のわざわざ凹凸を肌に残すことにより内から込み上げてくるような肉体美に仕上げた表現技法とか、建物でも円屋根とかキオストロ(四面回廊)とか柱の縦線とか、あるいは壁画やモザイックの色の技法だったりして、またイタリアの自然面でも日本との風景の違いを湿度にもとめるなど、いちいちマニアックな着眼点には恐れ入るばかりです。(笑)
有名どころでも、ミケランジェロとかダ・ヴィンチとかの作品にも細やかに観察・分析していて興味深かったのですが、それと同等以上にジョットーをはじめとした宗教画への言及もなかなか興味深かったです。個人的にはジョットーの「聖母像」が、北朝鮮の宣伝絵を連想させて面白かったかな。(笑)また、シモネ・マルチニとかロレンゼッティなどシエナ派の絵も和辻のいう洗練と甘美があってなかなか良いと思いました。
実は本文中、和辻はボッティチェリの「ヴィナス誕生」をあまり気に入らなかったみたいなのですが、どうしたことか表紙カバー絵に採用されていて、これは何かのユーモアかそれとも編集の怠慢なんでしょうかね?(笑)
和辻が移動の途中途中で分析したように、いたるところで山の上に町が形成されている一因にマラリアがあったのでは、としているのですが、どうも和辻はそのマラリアに罹ってしまったようで、ヴェネチアやヴェロナの紀行文がリアルタイムに記されず途中で終了してしまったのは、返す返すも残念なことです。

いまは、和辻が旅行で体験したような風景や遺跡や美術品がそのまま残っているとは限りませんが、もしイタリアへ行くようなことがあればまた読み返してみたくなると思える秀作です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文化
感想投稿日 : 2015年6月7日
読了日 : 2015年6月7日
本棚登録日 : 2014年7月29日

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