サラジーヌ 他3篇 (岩波文庫)

  • 岩波書店 (2012年9月15日発売)
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感想 : 14
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バルザックの短編、『サラジーヌ』『ファチーノ・カーネ』『ピエール・グラスー』『ボエームの王』の4作品を収録。4作品とも芸術家をとりまく物語で、どの作品も幻想奇譚といった趣だ。語り手がいて、昔こんな面白くも不思議な話があったよ、という感じの出だしだが、バルザックの読み手を翻弄するがごとき文章表現により次第に幻想的物語に沈降させられる感覚は、子供の頃に読んだおどろおどろしい怪奇物語(?)の世界を思い出させてくれる。そして、決まって最後は思いもかけない皮肉な結末が待っていて、幻想に一層の余韻を残してくれる。
『サラジーヌ』は、とある不気味な老人にまつわる話だが、美しき少女の絵をきっかけに語られるその話とは・・・。なぜ、恋に盲目な彫刻家の話が始まっていくのか・・・。最も幻想・怪奇趣味に溢れた物語。
『ファチーノ・カーネ』は、千里眼を持つという聞き手に語られる、クラリネット吹きの盲目の老人の昔話。ヴェネチアから始まる老人の若かりし頃のハチャメチャな冒険譚であり、映像化しても見栄えがあるかもしれない。
『ピエール・グラスー』は、才能の無い画家が才能がないことを武器に崇め奉られていく話で、4編の中では最も皮肉と諧謔に満ちた物語。ブルジョワ階層が次第に政治・経済・文化の主体になっていく中で、それに伴う新たな芸術の担い手たちをよく観察し、批判する内容ともなっている。凡庸に幸あれ!という逆説な展開が面白い。
『ボエームの王』は、落ちぶれたが気ままに暮らす伯爵が従順な愛人を気まぐれに操る話と、その伯爵の愛人とその夫である劇作家夫妻がそれに翻弄されながらも実は事態が好転していくという話をパラレルに進行させた構成巧みな物語。他の作品でも実在の人物やその作品の簡単な評論が物語中にセリフとして語られることがママあるのだが、本作品ではそれがとても多く挿入されていて、そうした文学史の流れや時代背景がわかっていないと、セリフの本意を知るにはかなり苦しい。(泣)また、4作品ともいえることだが、登場人物の名前が同一人物であるにも関わらず、頻繁に別の名で呼ばれたりしていて、特にこの『ボエームの王』はそれがはげしい。こうしたセリフには場面特有の機微があるのであろうが、話を縦横無尽に操るバルザックの妙技になかなかついていけず、これもわかり辛くさせている一因となった。(泣)「愛」は強いが故に「結果」をも導いてくれるというイケイケな話が面白かった。(笑)
巻末の『サラジーヌ』における「左右対掌体」の解説は、なるほどそうであったかと思わせる考察であり、いろいろと象徴が埋め込まれていたのが今更ながらにわかったが(笑)、また、4作品ともに「現」から「原」へ、「結果」から「原因」へという2プランの一致を基調とするという物語構造の解説もなかなか興味深いものであった。確かにどの物語も、最終的に2項が対称的に浮かび上がる効果を狙っていたと思われ、バルザックのシニカルな表現と豊かな文化知識と相まって、実はかなり吟味された叙述だったのだなあ。
お気に入りは、『ピエール・グラスー』。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説など
感想投稿日 : 2013年9月29日
読了日 : 2013年9月28日
本棚登録日 : 2013年7月20日

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