足利直義 兄尊氏との対立と理想国家構想 (角川選書)

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レビュー : 5
著者 :
mkt99さん 選書   読み終わった 

著者によると近年、足利直義が再脚光を浴びているという。
足利直義は、南北朝時代に兄・尊氏の代行者として室町幕府の執政となり、後に観応の擾乱の当事者として南北朝動乱の一翼を担った人物であるが、かつて中世史の泰斗・佐藤進一は尊氏・直義兄弟の幕府内権力の分掌形態の分析から、兄・尊氏は主従制的支配権を、弟・直義は統治権的支配権を担ったという有名な将軍権力の二重構造を提唱したことでも知られている。
本書において著者は、そうした政治構造や武将であり政治家であった足利直義という従来の人物像のみならず、近年の研究史動向を十分に取り入れ、直義の政治思想や精神面、それに権力分掌の実態に肉薄しようとする試みを行っている。
著者が精力的に収集していると思われる足利直義関係の古文書より網羅的に検討される直義権力の実際については、歴史学の手法を縦横に駆使し、興味深い結論を導き出していると思われる。特に、直義の地位や置かれた状況の変化に伴う花押の形や位置の変遷や、鎌倉幕府的な指向を思わせる下知状形式の文書群、そして二頭政治期において政策や宗教対策、本領安堵までの文書発給の実績はみられるものの新恩給与や守護補任権がみられないなど、直義執政下の権限範囲の実態についての論述はなかなか興味深かった。いかにも秩序と体制を重視する直義ならではの政治体系ではあるが、新たな利権の給与が統治権外であったことは、現状維持派が直義党として集結する契機ともなったが、また動乱の時代としての大きな制約であり限界であったことも思わせる。
反面、政治思想や精神面の分析については、勅撰和歌集などに掲載された和歌や夢窓疎石との関係性、安国寺・利生塔設置に体現した政治的・宗教的思惑など、従来見られなかった切り口での分析は大いに評価できるものの、歴史学的分析の範疇に踏みとどまり、その周辺をなぞった感が否めないようにも思われた。(ある意味、当然のことでもあるので、レビューとしては少し辛い見方です)

かつて、小中高の日本史の教科書には必ずといってよいほど掲載されてお馴染みだった神護寺所蔵の伝「源頼朝」像は、いまは実は「足利直義」像であるという有力な説が提示されている。二頭政治期の執政としてその姿はとても知力と気力がみなぎり自信と責任感に溢れているかのようである。同じく同所の伝「平重盛」像も、これも実は「足利尊氏」像ということになっていて、尊氏・直義の二頭政治の象徴として納められたということであるが、尊氏像の方は一見すると間の抜けたような面構えで描かれていて(笑)、凛々しい姿の「足利直義」と対比させているかのようでもある。直義絶頂期にふさわしい自信にあふれた直義の姿だといえる。

怜悧で理知的でありながら、民心の安寧につながらない自らの政治のあり様に苦悩する責任感の強かった直義が、壮年に到り初めて授かった男児・如意王の誕生とともに自らの権力を我が子へ伝えたいと考えた時、それは野望となって観応の擾乱の引き金を引くことになる。しかし、兄・尊氏にいったん勝利するも、よりにもよって期待をかけた愛児・如意王がその直後6歳で亡くなってしまい、直義はかつての面影がない抜け殻のようになってしまったとのことである。なかなか人間味を感じさせるこのような葛藤と波乱な人生は、足利直義という人物の魅力を大いに感じさせてくれるものである。

最後に本書でも再三取り上げられた、直義の生真面目な性格がわかる和歌を一首。
「しづかなるよはの寝覚に世中の 人のうれへをおもふくるしさ」(左兵衛督直義)

レビュー投稿日
2015年3月31日
読了日
2015年3月28日
本棚登録日
2015年3月11日
8
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