マチウ書試論・転向論 (講談社文芸文庫)

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レビュー : 16
著者 :
mkt99さん 評論   読み終わった 

今年3月にお亡くなりになられた「戦後思想界の巨人」吉本隆明の初期の文芸評論と詩を所収。
あまり詩を読まない自分にとって冒頭の詩からがつーんときた。特に「エリアンの手記と詩」は失恋の痛手からの逃避と再生の物語で、詩からほとばしる熱い情念に当てられました。ラストはミリカの視点で熱い想いを柔らかく包み込むような終焉。
「マチウ書試論」は吉本初期の代表作とのこと。新約聖書のマタイ伝(マチウ書)がその比較分析からユダヤ教教義の稚拙な剽窃とした上で、弾圧され続けた原始キリスト教がユダヤ教への憎悪のパトスと反逆の倫理で対峙しなければならなかった「関係の絶対性」論理を導き出している。その鋭く容赦のない切り口と舌鋒はとても清々しく面白かったが、生の人間社会秩序の矛盾を鋭く抽出してみせ、マチウ書の作者の意図の分析を通じて、自由意志での選択を幻想として、その人間間の関係性を基本とする論理展開がとても魅力的でした。
一連の詩人論として、西行、宗祇、蕪村、鮎川信夫などを対象にした評論は第Ⅱ部として収載。自ら創造した理論や意識がないただの時代迎合詩人とした宗祇論もなかなか興味深かったが、個人的には日本語の内部感覚の論理化に取り組んだする蕪村論が面白かった。第Ⅲ部の「芥川竜之介の死」は芥川の中産下層出身というコンプレックスからの破滅とした分析が興味深いが、第Ⅲ部の魅力は何と言っても「芸術的抵抗と挫折」「転向論」「戦後文学は何処へ行ったか」の一連の文芸評論であろう。戦前の世界共産党組織であるコミンテルンでの三二テーゼが下層社会の現実から著しく隔絶し、当時の日本における「封建性の異常に強大な要素」と「独占資本主義のいちじるしく進んだ発展」との一体支配構造を見誤った結果、彼ら文芸者たちが挫折・変転・体制協力し、また逆に改めることなく現状姿勢に安住した非・転向者も同類として、強烈に批判を加えた評論群となっている。戦中・戦後を経てそうした過ちの上で、思想信条を変節した人々の背景と論理を示した「転向論」をはじめ、著者の戦後文学における政治との対峙姿勢について問うた「戦後文学は何処へ行ったか」などその熱き想いを語った作品たちは現在も光り輝いている。
著者の反骨の精神と論理化を追求した本書は、社会秩序の中で人間の生きる姿勢を示した試みとして読み継がれなくてはならないだろう。

レビュー投稿日
2012年5月20日
読了日
2012年5月20日
本棚登録日
2012年3月17日
3
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