夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)

3.64
  • (60)
  • (154)
  • (150)
  • (19)
  • (4)
本棚登録 : 1263
レビュー : 151
制作 : Kazuo Ishiguro  土屋 政雄 
mkt99さん 小説など   読み終わった 

カズオ・イシグロの短編5編。
どの作品も印象的な音楽をバックに、夫婦の危機であったり男女の微妙な距離感を底辺に据えて、時にはユーモア全開に、あるいはポール・オースター風の不条理な謎かけで、あるいは哀愁あふれる物語であったりと、作者の自在な構想力を楽しめる作品集に仕上がっている。
中でも自分がいいなと思った作品は『老歌手』と『降っても晴れても』だったかな。

『老歌手』は東欧から来たしがないギター弾きがヴェネツィアの地で、昔、母が好きだった有名老歌手と出会い、彼のためにゴンドラからホテルの一室にいるその老歌手の妻に歌声を捧げるという企画に参加する物語。
物語全体に漂う哀愁とラストの愛情のすれ違いが何とも堪らない余韻を残す作品となっている。

『降っても晴れても』はいまや人生の成功者となっている学生時代の友人夫妻のもとを訪れた男の視線から、夫婦間の危機をドタバタに描き出すブラック・コメディー。
もともといろいろな作品で時折見せていたカズオ・イシグロ流のユーモアであったが、今回はタガを外したかのように全開で炸裂させていて、普段とは違う不条理なギャグセンスを見せてくれる作品。

『モールバンヒルズ』は音楽界の最前線から少し離れ、力を溜めこむために姉夫婦のいる田舎のカフェに転がり込んだギタリストの青年と、たまたまそのカフェを訪れたスイス人夫婦とが織りなす音楽を通じた対話の物語。
物語全体につんつんとした感じがあって、青年とスイス人夫婦とのその接触と距離感とを自然の雄大さと対照させており、そうしたヴィジュアル的にも面白い構図のまま迎えたラストが印象的であった。

『夜想曲』はこれまたポール・オースターを思わせるような不条理で謎に満ちた突拍子もない展開が魅力の物語。
何といっても顔面を整形手術して包帯でぐるぐると顔を覆い隠した男女二人が、深夜のホテルの中を歩きまわる姿が滑稽でもあり、さらには物哀しさも感じさせる微妙なバランスが面白かった。

『チェリスト』は東欧からきたチェリストが、自分を有名チェリストであると名乗る美女から日々チェロの特訓をすることになった話。
これも謎が先行する話だが、チェロの特訓を通じてお互いを理解できるようになった男女の物語でもあり、ラストの思いがけない別れは夢から覚めた昔話の感覚を思わせる。

全体として、男女の別れをテーマにしながらも、カズオ・イシグロのお茶目ぶりとチャレンジが味わえる短編集だったのではないか。
『夜想曲』や『チェリスト』はさらに後ろを広げて、長編にしても良かったかもしれない。

レビュー投稿日
2018年6月18日
読了日
2018年6月16日
本棚登録日
2018年6月18日
17
ツイートする
このエントリーをはてなブックマークに追加

『夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物...』のレビューをもっとみる

『夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)』のレビューへのコメント

まだコメントはありません。

コメントをする場合は、ログインしてください。

いいね!してくれた人

ツイートする