文藝 2020年夏季号

  • 河出書房新社 (2020年4月7日発売)
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感想 : 11
5

163回の芥川賞候補の遠野遥の「破局」。
哲学的ゾンビという思考実験がある。
自分について思い悩むゾンビ……ではなく、外面的にはまったく人間のようにふるまうが、内面的な意識とか感情をもたない存在は可能か、という思考実験のこと。

政治家志望の恋人もいて、新入生の女の子にももてて、出身高校のラグビーのコーチして、身体も鍛えている公務員試験を目指す慶応大学4年生、というまさにリア充!の一人称の物語。であるが、何かところどころにひっかかる。

たとえば、女の子にやさしくするのは、その女性のことを思って、とか、女性を大切にする気持ち、から、なはずだが、「父親から言われたから守っている。「どうして女性に優しくしないといけないとわからないが、私は父の言いつけを守っていたかった」となる。
ほかにも「公務員を目指しているのがら」と行動を制限をする。
内面のない不気味さを徐々に感じてくる。
別れた恋人の過去の暴力的な体験の告白、お笑い研究会の友人の悩みのメールなどが挟まるのだが、それに対する感情はまったくない。一方、抜け落ちた陰毛に対しては、
「今日まで私の性器を守っていたこの陰毛は、抜け落ちた今、ただのゴミになりうとしていた。文句も言わずに仕事をしてきたのにあんまりな仕打ちだと思い、なんとかしてやりたくなった。」
とやさしい。
変だ。
内面のない彼にとって、鍛える肉体とセックス(と自慰)だけが非常にリアル。
「私はもともと、セックスをするのが好きだ。なぜなら、セックスをすると気持ちいいからだ。」
うん、まあそうね。身も蓋もないけど。

小説には、強烈な1文を持つことがあり、前回芥川賞候補の千葉雅也の「デッドライン」の人称の移動の部分がそうであった。
「破局」でも知り合った後輩の灯に服の上から大胸筋をさわらせてあげる場面で、
「大胸筋を触らせてやると、灯は嬉しそうに笑い、それを見た私も嬉しかったか?」
という疑問形の一文があり、これでもう、主人公が不気味になる。

内面をもたない主人公の一人称の自分語りというなんとも不気味な小説。
今回の芥川賞の本命と予想。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 芥川賞
感想投稿日 : 2020年7月4日
読了日 : 2020年9月3日
本棚登録日 : 2020年7月4日

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