ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)

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本棚登録 : 1457
レビュー : 110
著者 :
showさん 社会科学   読み終わった 

「どえりゃ〜面白ぉていかんわ」と言うほど手放しで絶賛はできないけれど、かなり面白かった。ポストモダン的なリアリズムを「まんが・アニメ的リアリズム」と「ゲーム的リアリズム」に腑分けした上で(それは現実と言葉の対応関係で区別される。前者は身体性と記号性の乖離に苦悩するリアリズム、後者はその乖離を諦めた上で、なおかつ現実にアプローチする可能性を持ったリアリズム)、ライトノベルおよび美少女ゲームの文学史上における意味と、ポストモダンにおける人間のあり方について考察していく。

僕はラノベの一冊も読んだことがないし、美少女ゲームもほとんどやったことがない。あるのは、昔セガサターンで『下級生』というゲームをやったのと、プレステで『ときメモ』をやったくらいだろうか。だから、この本に書いてあることが妥当なのかどうかいまいちよくわからないが、ともかくもラノベや美少女ゲームが社会のなかで(たぶん)周縁的な位置づけを与えられているような気がするので、だとするとそれを分析することは社会を知る上で非常にまっとうな素材といえるなあ、と感じた。一般的に、どこにどういう境界線が引かれているかを考えることは、「こちら側」と「あちら側」の差がどのようなものであるかを分析するときに有効な手段だろうから。

ただこの本で述べられている「環境分析」って、ほんとに文学の側で全然やられていないことなの?だとしたら文学というのもけっこう怠慢だなあ。歴史学では、ある史料(テキスト)にはどうしたってその時代の何らかのバイアスがかかっていると考えて、だからこそ、、それがどういうバイアスかを解きほぐすことが目的となる学問だと思う(もちろんそこにどういうバイアスを見出すかは、論者により千差万別だが)。だから、ある作品に対してそれがどういう「環境」の影響を受けているか、っていう視点自体には特に驚きは無かったなあ。ただ、この本が描き出している現代の「環境」じたい(たとえば、現実と虚構に対する「実存」の在り方)は、「ほお〜そうですか」的な驚きをもって、読むことができた。

レビュー投稿日
2007年11月13日
読了日
-
本棚登録日
2007年11月13日
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