愛するということ 新訳版

4.12
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本棚登録 : 3618
レビュー : 360
制作 : Erich Fromm  鈴木 晶 
mtakutoさん reading   読み終わった 

心の奥底から愛を求めているくせにすべての物が愛よりも重要だと考えている。

 「愛は随分昔にどこかに置いてきた」そんなことをボンヤリと頭に浮かべながら、静まり返ったカフェの中でこの1冊を僕は手に取って読み始めた。ハッとさせられるような文章、深く共感するような文章に引きこまれて僕は魅了された。最初は読むのが恥ずかしいと思ったタイトルだったが、すぐにこの本に夢中になった。夢中になりすぎて、気がつけば渋谷に向かう通勤電車の中でさえ読み始めた。周りにいたサラリーマンやOLがこっちをみて、“愛するということ”というタイトルを見てクスクスと笑った。でもそんな周囲の目線はもはやどうでもよかった。僕は内容に全神経を尖らせ、集中した。
 「愛は何よりも与えることであり、もらうことではない」、この言葉が本書で一番自分の胸に突き刺さった。上手く表現できているかわからないが、“僕”という人生の過去を振り返ってみると、恋人との恋愛において、今までずっとGive(与えること)ではなくTake(貰うこと)ばかり考えて接してきた(ように思う)。そしてそのような僕の横柄で傲慢な態度は、いつも上手く行かずに失敗ばかりしてきた。例えば、遠距離恋愛をした彼女。大学2年生の半ばから3年生の始めまで付き合った同志社大学に通う彼女は特にそうだった。遠距離恋愛だったので2人で会って過ごす時間は少ない。夜行バスにのって僕が大阪の梅田に行き、彼女が神奈川まで来る、みたいな恋愛の仕方だった。詳細は省くがこの恋愛は破綻した。僕が与えられなかった、いや、正確に言うと与え続けられなかったからだと思っている。もうひとつは、「愛とは、愛する者の生命の成長を積極的に気にかけることである」という本書に書いてあることが、2人の距離が離れていたために実現できなかったからだ。直接顔を合わせられるのは多くても月に1回程度。普段の近況報告はメールかスカイプ。
 また、彼女は同志社大学で有名な学生団体の代表をやっていたり、僕の方も何かと忙しかったりして、お互いに連絡する機会が徐々に少なくなっていた。普段の別のことが忙しくて顔も合わせなければ、当然お互いに対関心が薄れていく。お互いが強い関心を持ち続けられないと“愛”という目に見えない“何か”は続かないという当然の事を、僕はこの本を読んだ時に思い出した。
 「愛という技術を習得することが自分にとって最大の関心ごとにならなければならない」ということに対してもとても納得した。「成功、名誉、富、権力、これらの目標を達成する術を学ぶために殆どのエネルギーが費やされ、愛の技術を学ぶエネルギーが残っていない」と本書にあったが、全くその通りだと思う。僕は、自分のスキルアップのためならとてもエネルギーを注ぐ(例えば、英語に関しては毎日25分のフィリピン人とのオンライン英会話に月に5,000円払う)。しかし、「他のどんなことよりも恋愛にNo.1プライオリティを置いているか?」と問われれば、間違いなく「No!」と答えるだろう。僕も含めて、恋人がいない人は、“恋人欲しいな”と心の底では思っている。だが一方で、実際に心のどこかで、「まあ、恋人がいなくても別に困らないからな」と思っている人が多い気がする。
 自分自身に対する関心を超越して、相手の立場になって初めてその人をみることができたときに愛は成立しうるんだと思う。“愛”とは、“愛する者の生命の成長を積極的に気にかけることである”、こんな考え方をもって次に愛する人と一緒に時間を共有したい、そんなサラサラと砂が落ちるような感情を抱いた一冊だった。次に愛する人、いや恋する人に出会うのがちょっぴりと楽しみになる素晴らしい一冊に出会うことができて、課題図書で指定してくださった井下先生に感謝。

レビュー投稿日
2012年5月27日
読了日
2012年5月27日
本棚登録日
2012年5月27日
3
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