シリーズなんだなー。「ダーリンは」あっても「ハニーは」ないけどネ。「日本人の国際化」。そんな元気フレーズの素顔をチラ見する思いですが、著者にはまったく責任のない問題。「男のくせに泣くな」っていう夫婦喧嘩の一節が、「国際結婚レポート」ならではで、うなずき三乗。

2011年1月15日

読書状況 読み終わった [2011年1月15日]
カテゴリ 人間

イギリスが対応をマズってたら大陸封鎖は成功したって初耳。しかしナポレオン研究所なんてあるんだ(まぁあるんだろう)。著者は研究所理事。でも特にホメてない。つかず離れずで、人物像を掘り下げるのではなく政治的な現象とその物体を観察しましたって感じ。シリーズの趣旨かな。

2011年1月15日

読書状況 読み終わった [2011年1月15日]
カテゴリ 人間

日本から一番アクセスしやすいのはパリ起点ルート。1日40-50km歩いたとして40-50日、2-3000kmってこと…だったかな。

2011年1月15日

読書状況 読み終わった [2011年1月15日]
カテゴリ 都市

シャンパンは、イタリアではスプモーニだけど、スペインではチャンパンでカタルーニャ産はカバというー。

2011年1月15日

読書状況 読み終わった [2011年1月15日]
カテゴリ 都市

凹村ってオーソン・ウェルズか。
それでハヤカワ文庫。なるほど。
作家は処女作をなんとやら。いい意味で。
作中人物の映画評に目が行く。映画好きなんだなぁ。

2011年1月14日

読書状況 読み終わった [2011年1月14日]
カテゴリ まんが

何十年前の小説だと思う設定。
小学生の日記かと錯覚する文章。
目まいがした。3ページ以降は流し読み。

2011年1月9日

読書状況 読み終わった [2011年1月9日]
カテゴリ 人間

ウェリントンいわく、自分が500の兵を失えば議会の問責で蒼白になる。
ボナパルトは年平均50000の犠牲の責任を誰にも問われない。強いはずだ。

イギリス人が書いているので、当然のように辛口。だがそれがいい。
チェック機構(議会あるいは社団)、プロパガンダ、地理学教育という論点も好。
地図が読めるから勝てるのだ。イメージングの問題かな。

2011年1月6日

読書状況 読み終わった [2011年1月6日]
カテゴリ 人間

かつて堀米庸三は言いあてた。
「正統」と「異端」の境界は曖昧で流動的なものにすぎないと。

それから46年目。主題は両者の関係性そのものに。
「異端」が強烈なスティグマ、あるいはレッテルとなるメカニズム。

2010年12月27日

読書状況 読み終わった [2010年12月27日]
カテゴリ 中世

冒頭、日本語版の監修者序文が、もっとも無駄のない海賊史へのイントロになっている。まずここにじっくり目を通すことをおススメします。

もともとフランス人研究者がフランス人読者のために書いたものなので、いくら質のいい入門書とはいえ、日本人がいきなり読んでしっくりくるはずもなく。

2010年12月27日

読書状況 読み終わった [2010年12月27日]
カテゴリ 人間

「お年寄りから歴史をみたらどうなるかな」と思って読んだ。隠居部屋から鬼婆・姥捨、院政とか大御所まで、話題の豊富さというか風呂敷の広げ方というかには圧倒される。

しかし「おんな・子供・老人」といいながら、あいかわらず網野善彦の中世人は「したたか」で「強い」んだなと思った。根性ナシのぼくは、どうもひっかっかる。

2010年12月27日

読書状況 読み終わった [2010年12月27日]
カテゴリ 中世

なにがすごいって、「当時の藩士たちの死因でもっとも多かったのは酒毒と腎虚、つまり大酒とセックス角である」(其の七・冒頭)のひとことで要約できる点。

三国志や徳川家康でわかったつもりになっていた横山先生、しかしそのアナザ―ワールドを見るかのような豊富な表現が、この本のもうひとつの見どころ。

2010年12月27日

読書状況 読み終わった [2010年12月27日]
カテゴリ まんが

現行法に規定がない大阪国VS三権から独立した会計検査院。

物語の背骨になってる設定は荒唐無稽なんだけど、
それを軸に回る人間ドラマは地に足がついている。
大泣きよりも胸にじんとくるひとコマの感動だってある。

「王女の身柄が拘束された。われわれは立ち上がります」

大阪国が宣言する後半から二転三転、知らず引き込まれた。
仕掛け花火のように伏線が次々炸裂して、盛り上がる。

陰謀論でも伝奇SFでもないのがいいなぁ。
恋愛で無理やり盛り上げたり解決したりすることもなく。
強制力をもたない組織同士だから強引なバトル決着もない。

日常の一歩先にある冒険ストーリーというか、
中学生も大人(30-50代くらい)も、ふつうのままでかっこいい。

よい小説でした。20代じゃ書けないな。ぼくは好きです。
あとカバー絵に魅かれんだたけど、どなたが描いたんだろう。

2010年12月20日

読書状況 読み終わった [2010年12月20日]
カテゴリ 人間

歴史は決まりきった事実の単なる暗記ではなく、日々変わりつづける現在進行形の解釈である。

このことに新鮮な喜びを感じた人はしかし、まもなく別のモヤモヤした疑問に包まれる。「それってけっきょく学者の思い込みじゃないの? 時がたつと変わってしまうような解釈の意味って?」…まっとうな疑問です。

そんな疑問を考えるときに教えられる本。

第1章は「歴史書と歴史小説」の違いから始まる。第2章では「じれったくてもがまん」してコンセンサスをつくることの意味(=社会的有用性)を、第3章では「歴史家は何をしているのか」というテーマで、高校までの歴史教科書がどうしてあんなにも退屈なのかを説明してくれる。

著者は現役のフランス近代史学者。フランスのアナール学派が20世紀歴史学を洗い直したという経緯もあって、フランス史家には歴史学の理論に強い人が多い。

2010年12月20日

読書状況 読み終わった [2010年12月20日]
カテゴリ 人間

著者は戦後世代でいわば合理的にものを考える。巡礼に興味はなかった。

しかしお父上が早世され、残されたお母上が霊場めぐりによって「癒し」を得るのを目のあたりにするうち、調べてみる気になったのだという。

中世と近世のスペイン、日本でいうと平安時代のはじめから江戸時代半ばごろまでのその北西端、「地尽きるところ」にサンティアゴ・デ・コンポステラはある。イェルサレム、ローマとならぶ三大巡礼地のひとつだった。

その巡礼研究は、1970年代まで教会史が中心で、上から目線のお役所的な制度説明にとどまっていた。それが80年代から、アナール学派の影響もあって、民衆目線の巡礼の社会史に脱皮する。そして90年代には、「宗教と観光はそれぞれ別ものだ」という現代人の先入観を否定し、「巡礼は同時に観光だった」という捉え方(宗教観光論)が主流になった。

著者の興味が最初に書いたような遍歴をたどるのと重なるようでもあり、この延長に最近出版された『旅する人びと』<ヨーロッパの中世④>があるのも納得できる。

もうひとつ。教義や制度でながめる宗教史は、多くの場合、違いと対立の強調に行き着く。けれど、ふつうの人の生活のなかにある宗教実践をみていけば、三大一神教はもちろん仏教だって通じ合う。ケンカしなくてすむ道が、示されているのかも。

2010年12月20日

読書状況 読み終わった [2010年12月20日]
カテゴリ 中世

津本陽、秋山駿、池宮彰一郎といった諸氏の信長語りをみていると、お好きな方には申し訳ないが、ほとんど宗教のようでクラクラしてくる。

いや、ぼくも、子どものころ『学研漫画・織田信長』を買ってもらって歴史好きになったくらいなので、ファンの熱いお気持ちはよく分かるんですが…

本書はまんべんなくトピックを抑え、テンポよく批判してて楽しい本だと思う。ただ、もうちょっと史料的根拠を挙げながら裏付けをしてくれたら… 天才論者の思い込みに、あくまで推論(要は思い込み)で反論してるところもあって、もったいないなと。

もちろん出版媒体とか読者層のちがいはあるのでしょうが、日本の場合、アカデミックな世界と小説的な世界のあいだの水門がもう少し開かれてもいいのでは。

2010年12月16日

読書状況 読み終わった [2010年12月16日]
カテゴリ 人間

宗教なんて迷信だ、洗脳だ、と頑なに否定するだけ(=無神論)なら簡単。

でも簡単だからグレーゾーンの人たちを説得する力はない。前文とあとがきをみれば分かるように、著者はそういう無邪気な合理主義者ではなくて、むしろ宗教の内側をあちこちくぐってきた経歴がある。

だから宗教にまつわるネガティブな部分とポジティブな部分をうまく切り離し、後者をくみ取る(=無神教)という難題に挑めたのでしょう。そこには素直に敬意を感じました。

代案を提示する後半部分は「まだまだ作業途中かな」と思ったけど、批判にあたる前半部分には力があって一気に読ませる。

2010年12月17日

読書状況 読み終わった [2010年12月17日]
カテゴリ 人間

大学などで専門的に勉強してるわけではないけど、ローマ史の概説はそれなりに読み知っているぞ、という人向け…かな。

政治の流れが中心だが、政治事件を追うのではなくて、政治システム構築史という感じ。どういう変化や必要があって、それにどういうシステムで対処したか。その積み重ねをたどっていく。

だからハンニバルやカエサルなど、いわゆる「英雄」の戦略・決断にページが割かれることはなく、アウグストゥスの施策や属州統治のしくみが丁寧に語られる。

このあたりは賛否両論だろうが、小説・漫画・エッセーでさんざん取り上げられてきた英雄譚を、「入門書」の岩波ジュニア新書でまでくりかえす必要はない。入門書=娯楽本ではないのだから、とぼくは思う。

英雄譚は愉快だけれど、エンターテイメントの必要上、前後の時代や周囲の人間との「断絶」が強調される。その点、本書はそういう意味での事件史をスッパリ切り捨ててくれたおかげで、ローマ人の長い足どりがつながってみえる。

もっとも著者の専門は政治史でも制度史でもない。考古学と美術史。すでに新書で何冊も出している著作タイトルを見ても分かる。

実際この本でも、ローマの建国神話とエトルリア考古学を突き合わせる箇所とか、ギリシャ美術に対するローマ人の姿勢とかについての解説がおもしろかった。

2010年11月22日

読書状況 読み終わった [2010年11月22日]
カテゴリ 人間
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とにかくお米のご飯を食べとけば、
それだけで身体に必要なものの70%は確保されるのだ

…という、ごはん原理主義みたいなことが書いてあるけど、
自分の経験に照らすと「そのとおりだね」と思う。
ご飯にすると、自動的に過度の油脂や砂糖は必要なくなるもの。

1日30品目とかサプリメントとかは、
迷信とか偶像崇拝の類であると思うし、
欧米人が納豆を食べられなくても当然だと受け取るのに、
日本人がチーズや牛乳を食べないのは偏食だという理屈はおかしい

…というようなことが繰り返し力説されていて、
「そーそー、そーなのよ」と頷きながら読みました。

(いや、まじないを信じるのも偶像を拝むのも、
 「本人が幸せならそれでいいじゃないか」と思いますが)

「食の55年体制」という捉え方もおもしろい。
ただレシピが別冊なのは、出版社の商売根性が露骨でいやだ。

2010年11月14日

読書状況 読み終わった [2010年11月14日]
カテゴリ 人間

『黒いアテナ』は、いってしまえばシロウトが書いた本。大論争を巻き起こしたが、もともと極度に政治的な議論でもある。学界全体の議論がクールダウンには、それなりの時間を要したということだろう。おととし出版された本書は、まさしくそんな感じ。

多分それはタイトルにも出ている。さらっと書かれた「東地中海世界」は、つい見逃してしまいそうだけれども、新たに提唱されている歴史的空間なのだろう。

エジプトを時計盤の6時地点として、時計回りに9時のキプロス、そこから左にまっすぐ延びてクレタ。ふたたびキプロスに戻って回り、0時地点の小アジア、2-4時のシリア・パレスティナ。これがひとまとまり。ギリシャもれっきとしたグループの一員だが、リーダーではない。どう見ても「辺境」のポジションだ。イタリア以西の西地中海は外野でしかない。

その細かい論拠を知りたければ、本書を手にとってパラパラめくればよろしい。歴史のおもしろさは解釈の妙であって、つまり「よく知った事実」が「まるで違う意味」を見せるときにある。そういうのが多い。

例えばクノッソス宮殿。ラビリンス(迷宮)の語源であり、半牛半人ミノタウロスとあいまってドラクエなどRPGの類に与えた影響大なこの施設。これに集約された大規模建築技術、文字と印章に則った複雑な財政システム、祭祀制度 …それらいっさいのモデルはシリア、その先のメソポタミアにある(クレタ島自体には参照すべき前例がない)。

あるいは人体彫刻。「ギリシャ美術」といって人が想起するのは、御者像でありヴィーナスでありニケでありラオコーンだろう。

ところが大理石や玄武岩など、硬質の石材を用いて等身大サイズの大型彫刻をつくる、このコンセプトと技術はエジプト起源。ギリシャ人が大理石を使うのは、たまたまそれがその辺にゴロゴロ転がってたからにすぎない。

(ギリシャ人の新機軸があるとすれば、スッポンポンの裸体像にしたことぐらいだろう。むろん古典期後半の躍動感とか、その後の進化した超絶技巧は別…)

アートにおけるこのような「東方化革命」は、ライオン列像でもそうだし、驚いたことには青銅像も同じ。人形を使った呪詛、占星術、動物内蔵を使った卜占なんかもそう、というのは楽しかった。

あと書物タイトルとオーサー名を末尾に記すギリシャのスタイルは、巻物ではなく2枚の板(書写板)を用いる、オリエント式の書記文化(文字だけでなく記録媒体やレイアウトなどいっさいを含む)を踏襲したからだとか。オモシロイ。

ギリシャ哲学の源流といえばミレトス学派、つまり小アジアだが、かのタレスの自然哲学も、エジプト・メソポタミアで発達した測量・占星・天体観測の蓄積を体系化したもの。「そっか、そうだよな…」と思うこの瞬間が、歴史の本の悦楽だと思う。

そして。プラトンを読めばいつも出てくる、あのおなじみのシュンポシオン。いい年こいた男どもが、花の冠をかぶって寝椅子に転がり、音楽と食事を楽しむあの宴席。

対話篇つまりおしゃべりのなかで練り上げられたかのディベート哲学の、舞台であり揺籃なのだが、「いかにもギリシャ」なあの場もシリア・アッシリア起源。花冠、寝椅子、音楽(竪琴・笛のハードも含む)…いっさいがオリエント舶来。

ギリシャがオリエントに求めた輸入品の、主要部は権威財が占めていた …本書の冒頭からこのテーゼがくりかえしあらわれるのはなんでだろうと不思議だったが、「なるほどそういうことか」。小膝叩いてニッコリ笑い。

それにしても。こうしてみるとペルシア戦争のインパクトがよくわかる。あのくだらない偏見ゴミ映画『300(スリーハンドレッズ)』の元凶は、紀元前5世紀にさかのぼる。

とはいえ。中華主導の東アジア世界の...

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2010年10月26日

読書状況 読み終わった [2010年10月26日]
カテゴリ 人間

「婚活」してるのに幸せになれないは間違い
「婚活」するから幸せになれないのだ

そう断言するイントロは効果的だと思う。

女子(大)教育にマーケティングと、
「洗脳」のからくり自体は予想どおりだが、
論理展開は明確だし、出てくる結論も真っ当。

後天的な思い込みを
すべて「洗脳」と呼ぶのには抵抗があるが、
そこは著者の専門分野でもあるから、まあいい。

英会話と同じ類の迷信だとか、
組み立て方にもひとひねりあり、わりと楽しく読めた。

ワークまでやるかどうかは別として、
「なんとなく不安を抱えてる人は読んでみたら?」と思う。

まあでも「婚活」とか気にしてる人は読まないんだろうな。

「きみたちは自分から奴隷になろうとしているんだぞ!」

と叫んでみても、大多数の反応は「うるせー」だと思う。
問題はたぶん、消費=手っ取り早い自己実現のメカニズム
にあるのでしょう。

2010年10月15日

読書状況 読み終わった [2010年10月15日]
カテゴリ 人間

日本や欧米の都市と比較で中国都市の特徴をあぶり出し、蘇州文人のニート化にはブルデューの『ディスタンクシオン』を引く。専門バカにならないところがいい。

2010年10月15日

読書状況 読み終わった [2010年10月15日]
カテゴリ 都市

ルネサンスのイタリア、都市民のイタリア、
日本でもおなじみのこうした顔とは異なる、
別の顔の中世イタリアをみてみたい――

そう思う人には実に楽しい本だろう。
笑いあり、知的感興あり。
教会建築という具体的なモノを窓口にするのがいい。

カラー写真をふんだんに使い、
間々に2人の気鋭が美術史解説と歴史解説を差し挟む。
それぞれ1ページ完結のコラムで読みやすい。

美術史パートは、のびやかな語り口が魅力的。
しかめ面で眺める(目や頭で知ろうとするとでもいうか)
ことの詰まらなさを教えてくれる。

が、その合間にも、
著者のテーマである「ロマネスクとは何か」への
回答が散らばっていて、なかなか油断できない。

一方、歴史パートは、重厚さすら感じさせる筆致。
各教会に即してイタリア史の転換点を切り取る。
ここではコムーネは、相次いで舞台に上がる役者のひとり。

メインを張るのは皇帝と教皇と都市、というところか。
その都市の中ですら、コムーネは出てきたと思ったとたん
次の「中世盛期」にはたちまち転変を開始する。

総じてイタリアが特異な先進地帯ではなく、
中世ヨーロッパの一員にみえると同時に、
だからこそイタリア史の「重層性」に敬服する思いがした。

なおこの新シリーズ、本のつくりが縦長で持ちやすい。快適。

2010年10月3日

読書状況 読み終わった [2010年10月3日]
カテゴリ 中世

首都と鄙の交通が飛躍的に活発化した中世は、つまるところ交通の時代だった。

しかしそれなのに、それにふさわしい注意が払われてこなかったのも、中世のみち(交通路)と交通に関連した集落(都市的な場)の現実。

理由は簡単。史料がなかったからで、だから中世考古学の出番であり、その進展とともに最近にわかに脚光を浴びてきた…というのも実に分かりやすい。

とはいえ「ようやくあらたな材料が提示されるようになった」(107頁)のが実情だろう。フィールドワークのおもしろさは実感するが、「都市的な場」とは結局何なのかとか、根本的なことはモヤモヤとして残った。

むろん著者はじめ、専門家たちはもとより承知の上なのだろう。「名づけの問題」を見ても、それは察せられる。

2010年9月26日

読書状況 読み終わった [2010年9月26日]
カテゴリ 都市

いかにもふわふわしたタイトルにだまされそうだが、類書とは一線を画す。

監修者序文にもあるとおり、これは日本ではまだ知られていない物質文明とか建築考古学を具体化した書物。単なる「昔の不思議な建物カタログ」ではない。

西欧世界は11世紀から一大変化期を迎えた。その根底にあったのは技術革新であり、さらにこの技術がもっとも反映されたのは建築だった― 著者はまず、このように喝破する。

いわく「石と木の弁証法」。城、橋、修道院、都市…に生じた木造建築から石造建築への転換は、空間と建築の規模の拡大、建築主の多様化と作業の専門分化を引き起こした。大聖堂はその上にある。

建築主と施工主の両者の関係が、現代にまでつながる建築家を生み出した。モノを通して社会をみる手法は、このような結語を見ても分かる。

2010年9月26日

読書状況 読み終わった [2010年9月26日]
カテゴリ 中世
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