「素戔嗚尊」を収録。
高天原という集落があった。あるとき、天の安河の河原には大勢の若者たちが集まり、弓矢の技量や、河を飛び越えること、岩を持ち上げる力を競い、戯れていた。
しかし、そのいずれもに抜きんでて勝れていたのは、ある容貌の醜い若者だった。
彼と大岩を持ち上げることを競った若者が一人、岩の下敷きになって死んだ。
そのことがあってから、孤独だった彼の周囲は変わり始める。ある者は非凡な腕力に嫉妬し、ある者は盲目的に崇拝し、ある者は彼の野生と単純な性格を嘲笑した。
彼の名は素戔鳴。数年前に母を失って以来、自然の中にたたずむとき、風が語りかける。
「素戔嗚よ。お前は何を探しているのだ。お前の探しているものは、この山の上にもなければ、あの部落の中にもないではないか。おれと一しょに来い。おれと一しょに来い。お前は何をためらっているのだ。素戔嗚よ。」
素戔鳴を高天原に繋ぎとめていたのは、恋だった。美しい娘への恋心を、素朴で、醜い容貌の彼が伝えられるはずがなかった。
だが、彼を尊敬する若者の一人が、仲立ちを申し出る。「その勾玉をあの娘に渡して、あなたの思召しを伝えるのです。」躊躇しながらも、母の形見を託す素戔嗚。
返事のあることを楽しみにしていた彼を待っていたのは、裏切りだった。勾玉は他のものに交換され、片想いも密かに人々の噂になっていたのだ。
やりきれない思いを爆発させる素戔鳴。高天原を騒乱させた報いとして、鬚を抜かれ、爪を剥がれ、放逐される。
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カテゴリ:
記紀:小説
- 感想投稿日 : 2011年11月5日
- 本棚登録日 : 2011年11月5日
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