井上靖の著書を何か読みたいと思い立ち、たまたま目に入ったのがこれだった。
重くないモノって準備しておきたい。それにしては厚さがあるのでどうしたモノかなとも考えていたんだけど、まあいいかと選んだ一冊。
期待値は低かったけども、今になって思えば非常によい作品だった。
井上靖は好きな作家と尋ねられて一番に出てくる名前ではないが、好きな作家の部類には入る存在だと思う。
やはり、第一位になるにはやはり趣向的な一致が必要なのだ。
そうなると井上靖には“信頼のおける作家”という表現が一番適当かもしれないな。
井上靖が自身をモデルとして書いた小説で、そのうちに幼少期を描いたものである。
主人公:洪作少年は祖父の妾のおぬい婆さんに育てられている。この設定は何とも言い難い関係に思えるが、2人はすこぶる仲がよい。
ばぁさんは立場が立場なだけに非常に偏屈なのだが洪作のことは目に入れても痛くないってほどにかわいがっている。それには打算はない。本当に大事にしているのだ。
大体物語の舞台は湯ヶ島というのどかな田舎で、愛想劇なんて起こる訳もないのだ。
級友との遊び、特殊な食事環境、年の近い叔母、お風呂、父と母と妹、異様な親戚、遠い祖父、転校生、マラソン大会、のぞきみした恋人達、勉強と家庭教師などなどが書かれ、事件が起こってもたかがしれているレベルだ。あくまでも日常。だからするすると読める。読みやすいことこの上ないのだ。
しかしそれだけでもなく洪作少年を通して見られる世界の温かさ。
勿論、本当に少年が記したのならば形のないたどたどしいものになるだろうが、子供らしい純粋なまなざしを井上靖は上手い具合に描いている。豪華な描写や舌を巻くような形容はされないが、時にはっとさせられるようなみずみずしさがあるのだ。
読み終わってからの後味がすこぶるよい、いまバラバラと気に入った部分を読み返してみても素直に素敵だと思えるような本だった。
特に、最後のおぬい婆さんが亡くなったあとの洪作の心の内の描き方にはぐっと来た。
技巧は勿論のこと、おもしろさもちゃんと用意してくれる安定した作家なのだ。
もともと井上靖には昔読んだ『敦煌』のおかげで、よいイメージがある。今回もいい小説だったが、今度は歴史小説にでも着手してみるかな。
- 感想投稿日 : 2012年1月30日
- 読了日 : 2012年1月30日
- 本棚登録日 : 2012年1月30日
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