孤独な祝祭 佐々木忠次 バレエとオペラで世界と闘った日本人

  • 文藝春秋 (2016年10月27日発売)
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昨年亡くなった東京バレエ団の創立・主宰者佐々木忠次さんの評伝。
佐々木さんは日本のディアギレフ(注)と言われました。

以下、この本の最初のほうでまだ本題に入らないところなんですが
私の中に衝撃が走ったエピソードなので記録。

昭和2年、ロシア革命から亡命してきたエリアナ・パヴロワが鎌倉に初めてバレエ教室をつくり、
終戦から10年以上たった昭和30年代初期―のちに東京バレエ団結成の母体となった、チャイコフスキー記念東京バレエ学校が開校する頃―には
「東京だけでも400を超える中・小バレエ教室が存在するが、必要な教育知識を有する教師はおらず、…日本バレエ界は全体として低いレベルにとどまっている」(林広吉氏)

昭和32年8月ソ連からボリショイバレエ団が初来日。
当時その踊りに魅せられた、現在の東京バレエ団芸術監督斎藤友佳理さんの母である木村公香さんの言葉が、次々私に衝撃。
「大変なショックでした。私たちが、回ること、跳ぶこと、保つことにものすごく苦しんでいた頃に、
舞台上のダンサーたちは何の不安定なところもなく演じていた。
足がひとつもグラグラしない、あの秘密はどこにあるのだろう、どんな理論があるんだろう、そう思ったんですね」

公香さん含め小牧バレエ団員全員が、師の小牧正英さんの勧めで東京バレエ学校の入学試験を受けました。
公香さんがその試験で単純なパを行った時、ソ連の先生が見た瞬間に通訳を介して『それはちがう』と。
彼女の中でボリショイバレエを見た時の衝撃と重なりました。
彼女は今も多くの生徒を輩出していますが、その指導の原点にこの時に体験があるそうです。

「眼から入るバレエを教えている人がいまでも多いですが、
それでは呼吸や力の配分は教えられないんです。
たとえば手でも、肘には力をいれるけど、手首には力を入れてはいけないし、手先はだらっとしてはいけない。
完全な理論があるんですけど、そういう理論でバレエを習わなかった。
足も、内側と外側で力の入れ方や筋肉の使い方が違う。
足一本を同じように力を入れると外側に筋肉がついてしまう。
そういう理論があるんですけど、見ただけでやると10人が10人、違うとり方をしてしまう。
手首に力が入っていて上手な人は一人もいないんです。
胸や肩や首に力が入っていて上手な人は一人もいないんです。
でも、どこかに力を入れないと保って回れない。
それまで、それをきちっと理論的に教えるシステムがなかったんです」

ボリショイバレエ団に衝撃をうけた日本バレエ界は「日本バレエ協会」を設立。
ソ連から講師を呼ぼうと交渉をすすめ、ほぼ合意をを得ていた矢先、
林広吉氏が東京バレエ学校を設立。
ボリショイバレエ団経験のソ連教師二人を招聘。
彼らは「日本人教師は要らない」と言う。

日本の既存のバレエ界の中には、嫉妬羨望敵意さまざまな屈折した思いがあったと思われる。
あらかじめ話がついていたにもかかわらず日本人教師不要となったことに怒った小牧バレエ団の小牧正英氏が、合格した生徒全員に引き上げるよう厳命したが、何人かはそれを拒否。
木村公香さんもその一人。

ではなぜ林広吉だけがそんなことを実現できたのか?
林氏は元新聞記者で、戦前から社会主義国ソ連に共鳴していたのです。
彼の娘陽子(その後早逝)が小牧バレエ団に所属していたそうです。
その陽子のために東京バレエ学校を設立したと思われます。
彼は、自分は企業家ではなく、政治的にソ連に共鳴している運動家だと強調し、ソ連側もそこを信頼した。
ソ連としては、親米日本のなかに、文化活動を通して親ソ勢力を増やしたいとの思惑があったのです。

私が衝撃を受けたのは次の二点で。
1. 改めてバレエの奥深さ
2. ロシア・ソ連との、政治的つながりを秘めた文化的な関係(このあとも、たびたび。)


そして、佐々木忠次さんの並外れた行動力で、
この後日本のバレエ界は大発展を遂げるのです。

有名人やそうでない人々の、さまざまな人間模様が描かれていて
とても面白かったです。

「過剰だから何かを成し遂げたが、
過剰だから生きにくそうでもあった」著者・追分日出子

(注)ディアギレフ…「天才を見つける天才」である彼は、当代一流の芸術家を集めて、自ら創設したバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)の公演により、ヨーロッパ文化全般に衝撃を与えた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ☆バレエ☆
感想投稿日 : 2018年4月5日
読了日 : 2017年3月29日
本棚登録日 : 2017年3月29日

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