(2015.03.30読了)(2013.09.27購入)
【東日本大震災】
2011年3月11日の東日本大震災に伴って、福島原発での事故が発生し、周辺住民の避難が行われました。除染が行われて、住民の帰還が行われている地区もあり、まだめどが立っていないところもあります。
福島原発の事故は、一度原子力事故が発生すると、その影響の大きさは計り知れないことを教えてくれました。
廃炉の作業計画は、40年とのこと、ただし、原子炉の中の核燃料の状態が確認できていないため、核燃料のとりだしにどのような方法がいいのかもわからない状態とか。
地道な作業が必要です。放射線の濃度が高いところは、人間が近づくわけにはいかないので、ロボット等の利用が検討されているようですが、電子機器も放射線にはあまり強いわけではないので、困難が予想されます。
ともあれ、国内に50基ぐらいの原子力発電所がありますので、今後再び起こるかもしれない、原子力事故に備える必要があります。
電力会社及び、周辺自治体では、避難計画をたてて、避難訓練などを行っているようですが、一人ひとりも、基本的な知識があると身を守ることができるかもしれません。

【目次】
正しい知識こそが最大の自衛手段になる  監修者のことば
第1章 事故発生―その場での行動と情報収集のポイント
第2章 退避のとき―どこに、どう逃げればいいか
第3章 避難場所での生活―何が安全で、何が危険か
第4章 被曝から身を守る―その対処法と検査法
第5章 事故に備えて―用意できるもの、たしかめておくこと
第6章 原子力大国・日本に生きる―より的確な自衛のために

●チェルノブイリ(22頁)
チェルノブイリ原発事故の場合、半径30キロの住民が避難しましたが、それ以外の地域でも放射能汚染が進みました。
●屋外にいたら(28頁)
①まずハンカチなどで口と鼻をふさぐ
②付近の建物の中に飛び込む
③なるべく建物の奥まで入り、窓を閉め、エアコンや換気扇を切るように中の人にいう
●何を持って行く(52頁)
①携帯用ラジオ・携帯電話
②ふだん使っている薬
③着替え一式
④預金通帳・キャッシュカード・印鑑・現金
⑤1~2日分の食料・水(あれば)
●放射線(60頁)
通常の場合、その量を一般の人の場合で年間1ミリシーベルトとし、職業人の場合で年間50ミリシーベルト、やむを得ない場合で一日に100ミリシーベルト以内としています。
●被爆の自覚症状(102頁)
①吐き気がする
②体の毛が抜ける。頭痛がする
③出血、下痢、発熱などの症状が表れる
●子ども(105頁)
なぜ、子どものほうが大人よりも影響が出やすいのでしょうか。それは、年齢の低いものほど、体内の細胞の成長が早いからです。

☆関連図書(既読)
「私たちにとって原子力は・・・」むつ市奥内小学校二股分校、朔人社、1975.08.03
「原子力戦争」田原総一朗著、筑摩書房、1976.07.25
「日本の原発地帯」鎌田慧著、潮出版社、1982.04.01
「ここが家だ-ベン・シャーンの第五福竜丸-」ベン・シャーン絵・アーサー・ビナード文、集英社、2006.09.30
「恐怖の2時間18分」柳田邦男著、文春文庫、1986.05.25
「食卓にあがった死の灰」高木仁三郎・渡辺美紀子著、講談社現代新書、1990.02.20
「チェルノブイリの少年たち」広瀬隆著、新潮文庫、1990.03.25
「チェルノブイリ報告」広河隆一著、岩波新書、1991.04.19
「原発事故を問う」七沢潔著、岩波新書、1996.04.22
「ぼくとチェルノブイリのこどもたちの5年間」菅谷昭著、ポプラ社、2001.05.
「六ケ所村の記録 上」...

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2015年3月30日

(1977.01.04読了)(1976.12.15購入)
(「BOOK」データベースより)
福島原発の事故はすでに起こっていた?七〇年代、原子力船「むつ」の放射線漏れ事件を背景に、安全よりも巨大利権が優先される過程を鋭く衝いたドキュメント・ノベル!官僚と電力会社の主導権争い。アメリカをはじめとする諸外国の思惑。怪しい動きを見せるメディアや広告代理店。受け入れをめぐって揺れる地元と住民運動。そして下請け労働者の過酷な現実。これはすでに「戦争」なのだ。

1977年1月4日

読書状況 読み終わった [1977年1月4日]

(1991.05.29読了)(1991.04.27購入)

1991年5月29日

読書状況 読み終わった [1991年5月29日]
カテゴリ 鎌田慧:ルポ

【東日本大震災関連・その①】
(2011.03.27読了)
地震で棚から落ちた本を整理していたら、見つかった本です。原子力発電の見直し論議が行われると思いますので、参考になるかと思って読んでみました。
原子力船「むつ」が漁民の反対で出港できず、台風の襲来に乗じて、出港したら放射能漏れを起こし、もどることができなくなった頃の話です。
以下の3つの内容で構成されています。
むつ市奥内小学校二股分校生徒が手分けして彫った版画「むつの海を守る人びと」
高木仁三郎著「私たちの生活に原子力はいらない」
宮島郁子著「母親として私たちも原子力を考える」

子供たちの彫った木版画は力強いものです。むつの漁民の決意が表現されています。
高木さんの文章は、原子力がいかに危険なものであるかが分かりやすく書かれています。
●放射線被ばく許容量
許容量と言うとそこまでは放射線を被ばくしてもよい「安全量」のように聞こえますが、実際は、何人が死んだり障害にかかったりすることを「許容」するかという、いわば原子力産業のための「ガマン量」です。
●放射線
放射線は本質的に生体に対して、細胞を破壊し、ガンやその他の障害を生じ、遺伝子に悪影響を与える破壊的で危険なものなのです。
●プルトニウム
プルトニウムは、それ自身としても、茶さじ一杯の量が何十万人もの人の致死量に当たるというほど元素の中でも最も毒性の高いものです。

原子力の今後を考えるとともに、今回の東日本巨大地震によって引き起こされた福島原発の危機的状況は、何とか安全状態に抑え込んでいただきたいものです。

☆高木仁三郎の本(既読)
「マリー・キュリーが考えたこと」高木仁三郎著、岩波ジュニア新書、1992.02.20
「原子力神話からの解放」高木仁三郎著、光文社、2000.08.30
「原発事故はなぜくりかえすのか」高木仁三郎著、岩波新書、2000.12.20
(2011年3月29日・記)

2011年3月27日

読書状況 読み終わった [2011年3月27日]
カテゴリ 物理・化学

(2006.10.27読了)(拝借)
副題「被曝治療83日間の記録」
うちのかみさんの読書のメインは、翻訳文学だけれど、それ以外にも色んなものに興味を示す、この本も神さんの興味で購入され、読んだ後、是非読みなさいと回されてきました。
この本は、1999年9月30日に茨城県東海村の核燃料加工施設「JCO東海事業所」でウラン燃料加工作業中に起きた臨界事故で死亡した大内久さんの「被爆治療83日間の記録」です。
核の臨界による中性子線の被曝というのは、細胞単位での全身打撲というイメージのもので、骨髄細胞の顕微鏡写真を見ると染色体がばらばらに破壊されていた。「染色体がばらばらに破壊されたということは、今後新しい細胞が作られないことを意味していた。」(57頁)
被爆後数日の間は、意識もはっきりしており、普通に会話ができた。ところが、細胞単位でダメージを受けており、新しい細胞が作られないので、題名にあるとおり徐々に朽ちてゆく感じで、命が失われていった。
59日目に心停止となり、心肺蘇生措置等の結果、再び心臓が動き出した。心臓が停止し自発呼吸も停止したので、脳や肝臓、腎臓など深刻な影響を受けた。
1999年12月21日、心臓が停止し、83日目で、大内さんは死亡した。享年35歳。
今年読んだうちで一番衝撃を受けた本です。読んでいるうちに目がぼんやりしてくることがありました。イランや北朝鮮の核開発が、問題になっていますが、核爆弾、原子力発電等、核に関わる開発に携わっている方々に是非読んでいただきたい本です。多くの人に読んで欲しい本ですが、皮膚の失われた腕や大腸内部のカラー写真などが掲載されていますので、この手の写真を直視できない方にはあえて薦めません。
治療のために使われた医療技術についても、興味深いものが幾つかありました。末梢血幹細胞移植や培養皮膚移植です。

●臨界(17頁)
「臨界」というのは核分裂連鎖反応が持続して起こる状態のことをいう。核分裂反応が起きると大量の中性子線が放出される。
●被曝翌日の様子(24頁)
顔面が少し赤くなって、むくみ、白目の部分がちょっと充血しているなと感じたが、皮膚が焼け爛れているわけでもなく、剥がれ落ちているわけでもなかった。水ぶくれさえなかった。意識もしっかりしていた。
●被曝の影響(28頁)
大量の放射線に被曝すると、体の中でも細胞分裂の活発な部分、つまり細胞が次々と生まれ変わっている部分から影響が出てくる。免疫をつかさどる白血球、腸の粘膜、皮膚などだ。
●末梢血幹細胞移植(64頁)
7日目に造血能力と免疫力の回復のため、末梢血幹細胞移植が行われた。
●被曝10日目(71頁)
胸に貼った医療用のテープをはがすと、テープを貼った部分の皮膚が、そのままくっついて、取れてしまうようになった。テープをはがした跡は、消えなかった。
●白血球が増えた(88頁)
17日目、白血球の増加が確認され、18日目、末梢血幹細胞移植が成功したことが確認された。
●大腸の内視鏡検査(103頁)
被曝から27日目、突然、大量の下痢が始まった。急遽、大腸の内視鏡検査が行われた。大内の腸の内部は、粘膜がなくなって粘膜下層と呼ばれる赤い部分がむき出しになっていた。死んだ腸の粘膜は所々に白く垂れ下がっていた。この状態では消化も吸収も全くできない。
●新しい表皮が生まれない(107頁)
事故の瞬間、もっとも多くの放射線を浴びたと見られているこの右手は、被曝から二週間経った頃から表面が徐々に水ぶくれになっていた。医療用テープをはがす時に一緒にむけていた皮膚は水ぶくれが破れて、中から体液や血液が浸み出してくるようになった。医療チームは水ぶくれが破れた部分に新しい表皮ができてこないことに気付いた。
右手から右上...

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2006年10月27日

読書状況 読み終わった [2006年10月27日]

(2007.03.22読了)(2003.07.24購入)
副題「日本を滅ぼす九つの呪縛」
(「BOOK」データベースより)amazon
一九九九年九月三〇日に起こった東海村のJCOウラン加工工場における臨界事故は、原子力産業や政府のみならず、すべての日本人に、根底から、今までの原子力問題に対する態度の甘さを痛感させるものでした。原子力利用にバラ色の期待をして五十年もの間、夢を見続けてきた私たちは、今こそ目を覚ます必要があります。臨界事故でピカッと光ったあの光は、そのようなメッセージだったのではないでしょうか。

著者 高木 仁三郎
1938年 群馬県生まれ
1961年 東京大学理学部化学科卒業
日本原子力事業NAIG総合研究所、
東京大学原子核研究所助手、
東京都立大学理学部助教授、
マックス・プランク研究所研究員、
1975年 原子力資料情報室設立に参加
1987年 原子力資料情報室代表(98年まで)
1995年 「宮澤賢治をめぐる冒険」等により第5回イーハトーブ賞受賞
1997年 ライト・ライブリフッド賞受賞
2000年10月8日 逝去
専攻は原子核化学(理学博士)

☆関連図書
「原子力戦争」田原総一朗著、筑摩書房、1976.07.25
「日本の原発地帯」鎌田慧著、潮出版社、1982.04.01
「六ケ所村の記録 上」鎌田慧著、岩波書店、1991.03.28
「六ケ所村の記録 下」鎌田慧著、岩波書店、1991.04.26
「原発列島を行く」鎌田慧著、集英社新書、2001.11.21
「原発事故はなぜくりかえすのか」高木仁三郎著、岩波新書、2000.12.20
「朽ちていった命」岩本裕著、新潮文庫、2006.10.01

2007年3月22日

読書状況 読み終わった [2007年3月22日]
カテゴリ 社会問題
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