火垂るの墓 [DVD]

監督 : 高畑勲 
  • ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
4.08
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本棚登録 : 71
感想 : 11
3

感情移入することを許してくれない映画。

前見た時はおばさんからもっとひどい仕打ちを受けて、清太たちは家を飛び出した記憶があった。
しかし、今回見直して、意地悪なおばさんだけど、そこまででもないなぁと思った。
おばさんの娘さんも「またお母さんがきつい言い方したんじゃないの?」と言っていたし、根が腐ってるわけではないんだろう。

ただ、あそこで清太たちが感情を殺して、おばさんの家で生き延びたら、死に際の節子の
「おから炊いたんもあるよ。おあがり。」
と言える優しさは消えてしまう気がする。

最後の、疎開から帰ってきてレコードを流す洋装の婦人たちの館と池を狭んである横穴の対比のシーンはもの悲しく、悔しく観た。
以前見た時も印象に残ったシーンだ。

空襲時の火事場泥棒で喜ぶ清太はとても汚らわしかった。
その点、官憲の前でイモを落としておびえる節子はきれいだった。

この映画に悪人は出てこない。
駅の掃除をする人の「目がとろんとしてきたらもうあかん」という言葉も、自分は握り飯を食いながら「着物や金で分けてやれる食べ物はない」と言ってのける農家の人も、清太の畑泥棒を見つけてタコ殴りにして、小さい妹がいるのを知りながら警察に突き出すおじさんも、あの時代を生き抜くために懸命だっただけだろう。
ただ、それが現代の私から見ると非情に見える。

あの映画の中で唯一温かかったのは、泥棒として突き出された警察のおじさんの温情。
だけど、それも清太たちのお腹を満たすことはない。

清太は節子のためにおばさんに謝るべきだったんだろう。
(実際の原作者は生き延びてこの話を小説のネタにまでしているのだから、多分、妹の死後、おばさんに頭を下げたのだろう。)
自分の恥を優先させた清太は悪いのかもしれない。
でも、そうしてしまう清太が自分の中に全くいないかと問われたら私はいないと言い切れない。
だから、清太を責め切れない。
これは私の弱点だと思う。

結局、私はこの映画から何を拾うのが正しいのだろう。
私の中に課題が多く残る映画。

映画のラスト、現代の街を見下ろす清太たちの背中から「戦争」の問題から目を背け続けている戦後の人々への疑問を感じた。
友人はラストのラスト、清太が街を見ていた目をふと正面に戻し、こちらを見つめてくるのがドキッとしたと言っていたので、多分、そういうメッセージ性も含まれているのだろうと思う。

清太のドン引きポイント
・包帯だらけのお母さんと対面した時、体に触れないところ
・ドロップスはポケットに入れて持って帰るところ
・おばさんの家でおかわりを遠慮なく言えるところ
・銀行の帰り、節子に「貯金が7000円もあったぞ」と自慢していたところ
・おばさんにごはん別々にしようと嫌味を言われた次の日に七輪など一式揃えたところ
・火事場泥棒している時におひつの中のお米を自分だけガツガツ食べていたところ(お鍋と同じようにおひつごと持って帰るのかと思った)
・節子が死んだ後、節子のために用意した卵がゆを食べたと思われるところ(貝の箸置きに揃えられていたお箸がお鍋の中にあったので)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 邦画
感想投稿日 : 2023年5月18日
読了日 : 2023年5月18日
本棚登録日 : 2023年5月18日

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