COVID-19のパンデミックに居合わせた文脈での読書の一環。首相が政治的声明を発する隣に「医療」の「専門家」が同席する状況から連想して、伊藤計劃の原作を再読してみることを思い立ったのだが、せっかくだからコミック化された方を読んでみようと思い立った。コミックという別メディアへの移植がうまく行われているなと感心した。etmlの扱いについて評価の高いレビューが多いのも納得。
「新しい生活様式」という曰く言いがたい語感の言葉が現れ、それが間違っていると言うつもりは毛頭なく、抗うつもりも毛頭ないが、ただこの咀嚼しきれないモヤモヤな感じは何だ、と思ってしまった今こそ、この作品の読みどきかもしれない。

2020年5月1日

読書状況 読み終わった [2020年5月1日]
カテゴリ コミック

読書状況 読み終わった [2020年5月1日]
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読書状況 読み終わった [2020年5月1日]
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読書状況 読み終わった [2020年5月1日]
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読書状況 読み終わった [2020年4月29日]
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2020/4/29読了。

2020年4月29日

読書状況 読み終わった [2020年4月29日]

2020/4/17読了。
COVID-19のパンデミックに居合わせたので、その文脈での読書をしてみるのも一興と思って読んでみた一冊。
COVID-19はペストほど致死率の高い感染症ではないし、幸い日本では本書の舞台であるオランの街のような都市封鎖は未だ行われていないわけだが、それゆえにこうした状況の内側に閉じ込められた人間の本質を純度高く読み取ることができた。そういう意味で本書は感染症の話ではなく、文学だった。作者が創造した想像上の状況に託して人間を描くという意味ではハイ・ファンタジーと言っても良い。
本書の主人公であり語り手である医師リウーが語り、観察し、戦うのは、ペストそのものであると同時に、それに付随して生じ広がる「抽象」である。「抽象」って何? と思われるだろうが、それこそが本書のテーマであると同時に、私たちが今まさにCOVID-19のパンデミックの中で直面しているものでもある。ウィルスに感染していない者にまで感染し、人々を翻弄している目には見えない不条理な何ものかだ。
ニュースやネット言論をいくら読んでも分からないこのモヤモヤの正体は何だ、ウィルスそのものよりも恐ろしく感じられるこれは何だ、と考えてみたくなった場合には、やはりこういう文学が効く。改めてそう思った。もちろん物事を抽象化して再度具体化する読解力と時間は必要だ。「コロナ禍」と呼ばれるこの「禍」を一枚上のレイヤーから見る視点を文学は提供してくれる。
本書には様々な人物が登場するが、個人的に最も印象に残ったのは、コタールだった。ペストで封鎖された都市の中で、唯一、かつての平時よりも生き生きと状況を謳歌し楽しみ、元の日常に戻ることを望まない人物。こういう人物も存在しうるのだと気付かされるのと同時に、自分の中にもコタール的な者がいると気付かされもした。このコタールのような存在には、いまのところ日本のニュースやネット言論では、お目にかかったことがない。
逆に、日本のニュースやネット言論で嫌というほどお目にかかるのに、本書には微塵も描かれていなかった要素もあった。それは何か、なぜ描かれなかったのか、と考えるのも、本書を読んでみる重要な意義となろう。

2020年4月29日

読書状況 読み終わった [2020年4月29日]
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2019/11/16読了。

2019年11月16日

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2019/11/10読了。

2019年11月10日

読書状況 読み終わった [2019年11月10日]
カテゴリ 文芸一般

2019/11/3読了。
もう何度目の再読になるかわからないのだが、やはり最後に泣かされそうになった。それも主人公の桐沢がたった一滴だけ涙を落とすのとまったく同じタイミングで。この、読者を引きずり込む物の語り方の豪腕ぶりには、ただ脱帽。

2019年11月4日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2019年11月4日]
カテゴリ 文芸一般

2019/11/3読了。
先日再読したヒギンズの「鷲は舞い降りた」の直系の関連図書として再読。これもやはり一気読みの面白さ。

2019年11月3日

読書状況 読み終わった [2019年11月3日]
カテゴリ 文芸一般

2019/11/2読了。
若いころに読んだものを久し振りに再読。
「どぶの中で時折、靴にくっつくものだ」「暑い日にはとくに不快なものだ」
いずれ誰かに使ってみたいセリフである。いや、ああいう局面でこういうセリフを使える者になりたいと思わせてくれる作品である。
確か初めて読んだ若いころにもそう思った。さすがにこれと同じセリフを使ったことはないが、近い局面で似た態度を取ったことはその後の人生で何度かある。他人がそういう態度を取るところも何度か見かけたことがある。いま再読して思うのは、ヒギンズすげえな、ということである。

2019年11月2日

読書状況 読み終わった [2019年11月2日]
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2019/10/26読了。

2019年10月26日

読書状況 読み終わった [2019年10月26日]
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2019/10/14読了。
2002年に初版で読んで以来だから、実に17年ぶりの再読ということになる。初版は上下2冊、文庫はそれを4冊に分冊、今回読んだのは文庫全巻を合冊した電子版だ。
福井晴敏がガンダム作家になってしまう前の、間違いなくこれは代表作と呼べる傑作だと思った(ガンダム作家になってからも基本的には同じテーマを書き続けたようなので、人によってどれを代表作と呼ぶかは違ってくると思うが)。
戦争アクション小説にしてはなんとくどくて密度が高くて熱量の高い文章だろう、という印象は再読でも変わらなかったが(当時、僕はこのテイストを個人的に「福井節」と呼んでいた)、このくどさと密度と熱量を必要とする物語とテーマではあった。特撮映画「ローレライ」やコミックの原作ノベルだと思って読むと、なんて読みにくい文章だろうと感じる向きもあると思う。
冒頭からしばらく読んでこのテイストに耐性があると思ったら、一気呵成に読破することをおすすめする。クライマックスに差し掛かったら島崎藤村作詞の唱歌「椰子の実」を探してきてBGMにしながら読むことも強くおすすめする。涙腺崩壊必至である。
さて、2002年の初読と2019年の再読で最も印象が変わったのはどこかというと、浅倉大佐が予言した敗戦後の日本の亡国の有様だ。初読時は過去にフォーカスして「まあそういう側面もあるけど日本人もそこまで愚かじゃなかったとも言えるんじゃないかな」と思考回路に逃げ道を作って読むことができたが、今回はもうはっきりといま現在にフォーカスして「的中したあと追い越しちゃったな」という印象だった。伊507の乗組員に謝れ俺たち。そういう意味では、ほめてもらうキャンペーンをやろうとした作家が書いたような代物よりも、いま読まれるべき意義がはるかに高い戦争小説でもある。

2019年10月14日

読書状況 読み終わった [2019年10月14日]
カテゴリ 文芸一般

2019/10/9読了。

2019年10月9日

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読書状況 積読
カテゴリ 時代小説

2019/10/8読了。

2019年10月8日

読書状況 読み終わった [2019年10月8日]
カテゴリ 時代小説
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