しろいろの街の、その骨の体温の (文庫)

  • 朝日新聞出版 (2015年7月7日発売)
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本棚登録 : 6524
感想 : 470
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この熱を、どうにもうまく消化できず、次に読む作品はどれにしようと本棚の前に来ても、ぶるぶると溢れてくるこの熱が、次の作品へといこうとするわたしのこころを、ひっぱる。
2020年に読んだ作品の中で、一位二位レベルの作品かもしれない。

これまで村田紗耶香さんの作品をそれなりに読んできたけれど、これほどまでに物語に呑まれ、苦しくなったことはなかった。いつも、彼女が作り上げた世界の中で、「確かにこういう世界だったらそんなこともありえるかも」と、少し客観的に見つめていた部分があったからだ。
でも、この作品は、ずきずきと心と感情が疼いた。心を、ズタボロにかきむしられた。冷静に読んでいることなんてできなくて、久々に平日に夜更かしをして、仕事中も早く続きを読みたくて休憩時間が待ち遠しく、一気に引き込まれてあっという間に読了。

思春期の一人の女の子が、成長することに対して恐れ、スクールカーストに脅え、その中で本当の自分の気持ちを見つけるまで、痛く、苦しい毎日を、気持ちをすり減らしながら必死に足掻いている。屈折して、最後は苦しみの中にその感覚が放射して、再度収束していくような。
名付けようのない感情が沸きだしては、わたしの心の器ぎりぎりでゆたゆたとゆらめいている。物語のラスト、その感情は完全に溢水して、からだじゅうのそこここまで染みわたり、やがて熱となって、身体の中と外に、残る。

あの頃の自分を思い出す。学校という戦場に、駆りだされる日々。教室の中に無条件に存在するヒエラルキー。下から数えた方が早いグループに所属していたわたしは、しかしなぜか、塾や部活では「上」の人たちと過ごしていた。「上」の人たちは、教室の中にいなければ、普通に話をしてくれた。いや、普通に話すことができた。この、呪縛から解放されたような感覚は、自分がそう感じているだけなのか、事実、彼女たちの態度が懐柔していたのか。
いずれにしても、事実としてわたしの中学時代は死んだ方がマシってレベルでしんどかった。それに、わたしを苦しめた彼ら彼女らは、成人式で再会した時には、何もなかったかのように接してきたし、友人の葬儀で再会した時には、「変わらないね」と、安堵するような笑みすら浮かべていた。だったらなぜ、当時その笑みをくれなかったの。どうして昔は、その「変わらなさ」をなじったの。
東京で生活している今、学歴なんてたいして価値がないと思いながら生きている。結婚していないこと、子どもを持っていないことにコンプレックスを感じつつも、自由でそれなりに楽しく生きている。しかし彼ら彼女らに映るわたしは、その学歴や職歴は華々しく、結婚していないことはかわいそう。唯一、わたしを守ってくれたのは、たいして価値がないと思っていた、学歴だけだった。
そんなことを思い出した。

解説は西加奈子さん。この作品を読み始めた当初わたしは「村田紗耶香らしくない」と思っていたけれど、そうじゃない。解説で西さんが「村田紗耶香の『村田紗耶香性』が綺麗に引き延ばされ、そしてその核が少しも薄まっていない」とおっしゃっているように、いわゆる彼女のクレイジーさが突出ではなく、ゆるやかに「引き延ばされて」いるのだ。それによって、「村田紗耶香の入門書としても、永久保存版としてもふさわしい」ものとなっているのだ。この表現は本当に的を得ていて、わたしは今後、彼女のおすすめの作品を問われたら、間違いなくこの作品を挙げるだろう。

次は、そんな西さんの「さくら」を読もうと、本棚の前、熱の中で、決意する。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年9月17日
読了日 : 2020年9月11日
本棚登録日 : 2020年9月17日

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コメント 3件

sinsekaiさんのコメント
2022/12/22

naoさん、こんにちは
遅ればせながらこの本を読み終わりました。村田沙耶香の作品は「コンビニ人間」「消滅世界」と2作品読んだのですが、めちゃくちゃ気持ちの悪いというか、気味の悪い世界観なので読むのに覚悟がいるというか、なので読みたかったんですが
だいぶ躊躇してました…

だけどこの作品は他の作品と違って読みやすい
グイグイ引き込まれていく
naoさんもレビューで言ってますが、村田沙耶香ぽくないというか
たぶん俺が読んだ2作品はあまりにも非現実的だったのに対して、この作品は超現実というか
自分も実際に経験してきた完全に閉塞された
クソみたいな、そして絶対的なヒエラルキー社会
が存在する中学の実態というものを見事に描いていて、本当にあらためて思い出すだけで
2度と戻りたくないと強く思いました。

俺はどちらかというと、どこにも属していないというか、どのグループとも仲が良かった人だったので、この作品には出て来ない人物だったのかもしれないですが、それでもやっぱり上位グループに嫌われないように細心の注意は払っていたような気がします。

今、うちの姪っ子が中学生なので心配で心配でしょうがないです。
でも、聞いている限り、あまりヒエラルキーは存在してないみたいなので少し安心してますが、
ほんの少しのキッカケ、ミス等で地獄に突き落とされるそんな閉塞感な世界を無事に生き抜いてくれる事を祈ってます。
長くなってすみませんでした!
今年も最後の方ですが、最高の作品でした。
naoさんの本棚登録キッカケにしれたんでとても良かったです。

naonaonao16gさんのコメント
2022/12/23

sinsekaiさん

おはようございます!

この作品、躊躇いながらも読んでくださったんですね。
読んだのは少し前ですがまだまだとても印象に残っている作品です。
基本村田さんの作品は好きですが、この作品はまた違った印象で異彩を放っていますよね。
とにかくあの男の子(名前を忘れた)の存在が救いでした。

最近はあまりヒエラルキーのようなものはがっつりとは存在してないみたいですね。
趣味のジャンルなんかで分かれてるんでしょうかね…
でも、生徒たち(高校生ですが)を見ていると、SNSを通しての付き合いに苦戦していて、それが現代のしんどさかもしれないですね。

姪っ子さんの中学が守られているといいですよね。
何かあったら相談してくださいね!そっち方面の相談も専門分野なので笑

最近はちょっと読書お休み中ですが、ブックオブザイヤー2022はあげるつもりです!
お楽しみに!!

sinsekaiさんのコメント
2022/12/23

楽しみにしてまーす!

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