図書館をぶらぶらながめていると、小ぶりで、白くきらきら光る本を見かけた。手にとり、なんとなくパラパラめくっていると「丸谷才一さん………」という文字を見つけてあわてて読み返す。
えっ、丸谷さんがどうしたって?
副題にもあるように、この本は短歌日記。ふらんす堂のホームページで2012年の1月1日から12月31日まで毎日掲載された。
ふらんす堂といえば、むかし原石鼎の句集を買ったことがある。造本が凝っていて、栞もついていて、いい気持ちにさせられたっけ。
1/1から順に短文と歌を読んでゆく。
本好きとしては、こんな歌に目がとまる。
本棚の忍耐とぎれ一冊の本ふいに落ち次々に落つ 4/1
こういう時がいつか来そうでこわい……。
日記には人の生活をのぞき見する楽しさもあるけど、この年は父と姑の認知症に苦悩していたらしく、こんな歌も。
「今日はとてもお金がないの」と言ふ姑(はは)の電話、五回目あたりが悲し 5/15
「深呼吸しましょう」と姑(はは)の手をとれば「どうやって息は吐くの」と言へり 7/14
つらい。これはもう「つらい」と言うしかない。
上手い!と思ったのはこの歌。
またしても昭和の匂ひとだれか言ひ昭和はにほひのみとなりゆく 6/19
そうだね。もう昭和の実体はない。「匂い」のみがあるのだ。昭和も遠くなりにけり。
これもよかった。
乾杯のグラスを挙げる二十四の手のなかにあるひとつ左手 7/15
情景があざやかに浮んでくる。一人だけ左ききがいるパーティー。しゃれてるなあ、と思う。
もう一首、こんなのも。
ふるさとの風呂場で消したなめくぢは泡となりいま手にあふるるよ 6/26
暮しを歌ってるのに、どことなく幻想的。メルヘンチックな気もするけど、なめくじが手にあふれると考えると気持ち悪く、そうした微妙な感じがまたいい。
「乾杯の~」が社交的な歌とするなら「ふるさとの~」は個人的な歌かな。
そうそう、肝心の丸谷さん。10月19日付。
「丸谷才一さんからいただいた手紙や葉書を、ひとつひとつ読み返した。紫のインクや水色のインクで書かれた旧仮名の文字を読みながら、丸谷さんが亡くなったことをじわじわと実感して悲しくなった」
という短文と
丈ひくき鶏頭あたたかさうに立つけふ遠くから自分を見れば
という歌。失礼ながら歌の方には魅かれなかったのだけど、短文にはぐっときた。小島さんは毎日新聞書評委員。丸谷さんはここの元締めだったから書評委員会で何度も会っていたのだろう。
「紫のインクや水色のインクで」という言葉から丸谷さんの本の題名『いろんな色のインクで』を連想した。丸谷さんの手紙ってどんなものだったのかな……。一度見てみたい。
- 感想投稿日 : 2016年3月17日
- 本棚登録日 : 2016年3月17日
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