写真はすべてモノクロ。
奈良町の入口にある元興寺から、南の空に興福寺の塔を確認することができる。四段目から民家の屋根に隠れるから、全体の3/5ほどは、かつては見えていたということのようである。
撮影は入江泰吉、奈良生まれの写真家である。
大和中の寺院やそこにある仏像を記録してまわった。大和の寺シリーズ、万葉歌によせたさしえ(さし写真)がなじみ深い。
近鉄の駅前を歩かれる方なら、東大寺 毘盧舎那仏が図面いっぱいに大きく写されたポスター、あれが入江である。
この写真集は、そんな入江の昭和20年(終戦後)から30年代にかけての作品をまとめたものである。
上記奈良町周辺の様子のほか、奈良女子大学ももちろん収められている。どこぞの避暑地に置かれていそうな、木造校舎の風情あるたたずまいを見てほしい。
わきには今と違う川が流れている。
題材は、写真一枚につき空・建造物・人が1・1・1くらい。
実はこれ、めずらしいのである。入江には、これ以前も以後も、人、それも道行きの人が写ったものは多くない。本書の写真が“スナップ写真”と評されるゆえんである。
一方で、同時期に撮られていたのは、のちに入江の代名詞ともなる、仏像写真。
入江は多写しないかわり、求めるアングルまで何日もかけたという。
対する本書の“スナップ(snapshot)”とは、“速射”のこと。“スナップ写真”には、そこに、緊張に対する気楽、仕事に対する趣味・娯楽、の含みが響く。
終戦後、郷里奈良に帰り、仏像の撮影保存をはじめた入江。入江はプロの写真家であったが、この活動に金銭を伴う依頼があったわけではなかった。
“ねこ一匹も思う通りのところに来るまで待っていたんでしょう――”
荘厳な仏像も飾らない街の日常も、どちらも入江には“残したい”奈良であった。 (図書館サポートグループ・メンバー)
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- 感想投稿日 : 2011年9月7日
- 本棚登録日 : 2011年9月6日
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