タングステンおじさん―化学と過ごした私の少年時代

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制作 : Oliver Sacks  斉藤 隆央 
newtongakuinさん 理科   読み終わった 

オリバー・サックスといえば映画『レナードの朝』の原作者として有名な医学エッセイの名手だ。本書は、化学に心酔していた少年時代(1940年代)を振り返ったエッセーである。エッセーといっても、その化学への心酔ぶりは並大抵のものではなく、彼が自宅の実験室で行なった数々の実験のエピソードは、その多彩さが際立つのみならず、レベルの高さにおいても研究室レベルといってもいいほどのものだ。化学史を効果的におりまぜながら、読むものを引き込み圧倒する。小学生にはちょっと難しいが、化学に興味のある中学生や高校生にはまたとない入門書となるだろう。

オリバー・サックスがひどく恵まれた環境に育ったということは否定できない。両親は医者でオリバーに寛容的だ、電球のフィラメント工場を経営するタングステンおじさんからは化学の手ほどきを受けている。しかしどんなに恵まれた環境に育ってもそれを有効に使いこなせるかどうかは、本人の好奇心と実行力そして能力があってのことだ。その逆ではない。

親は子どもにどんなことができるだろうか。オリバーは日々実験に明け暮れその内容も過激なものになっていく。ある日硫化鉄に希塩酸を注ぎこみ家中を硫化水素(!)で充満させたとき、彼の両親は、実験をやめさせるのではなく、何と「換気フードつきの実験装置を設置」させたという。まだある。オリバーを医者にしたいと考えていた母親は、死産となった奇形の胎児を持って帰ってきて11歳のオリバーに解剖をさせている(!) 

驚くべきエピソードが次から次に出てくるのだが、本書の白眉というべきは、第16章の「メンデレーエフの花園・・・美しき元素の周期表」であろう。1945年にサウスケンジントンの科学博物館ではじめてメンデレーエフの元素の周期表を見て何時間も夢見心地になっているオリバー少年のみずみずしいまでの感性。自然の奥深くにある秩序を表したものである周期表を目にした日の晩、「興奮のあまりほとんど眠れなかった」そうである。あの無機的ともいえる周期表をオリバーはどうとらえていたか。少し長いが引用してみよう。

「二度目の訪問では周期表が地図に見えた。様々な地域に分かれた王国の領土のようだったのだ。(略) 金属は、特殊な部類に属する元素だと思っていたが、いま広い視点で眺めると、領土の4分の3――西側は全部、南側は大半――を占めていた。そして、北東に残ったわずかなエリアが非金属だった。金属と非金属は、ハドリアヌスの壁のようなギザギザの線で隔てられ、その壁をまたぐようにいくつかの「半金属」があった。酸・塩基の勾配も見て取れ、「西側」の元素の酸化物は、水と反応して酸になった。王国の東西の国境近辺の元素がきわめて親和性が高く、猛烈な力で化合して結晶性の塩を生成することも一目でわかった。(略) やがて(周期表を)すっかり頭にたたきこんでしまい、脳裏に表を思い浮かべ、どの方向へもたどれるようになった。ある族を上へのぼり、ある周期で右に折れて、どこかで止まり、ひとつ下へ降りるといった具合にたどっても、いつでもどこにいるのかがわかった。」

周期表にたいするこれほど愛着に満ちた文章を読んだことがない。
そんな人もいる、と突き放したくはない。理科離れが言われて久しい日本の現状に何かヒントになる本であるように思う。

レビュー投稿日
2013年3月25日
読了日
-
本棚登録日
2013年3月25日
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