いつの日も泉は湧いている

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本棚登録 : 45
レビュー : 7
著者 :
たまもひさん 日本の小説   読み終わった 

読み出したら途中でやめることができず、一息に最後まで読んでしまった。きっとそうだろうと思ったとおり、痛々しく、そして、優しい小説だった。

主人公の名前が守田で、その人生の軌跡は作者盛田さんのプロフィールとほぼ同じ。大筋は自身のことが語られていると考えていいだろう。ベ平連や高校でのハンスト闘争の仲間であり、その後の人生でも深く関わりを持った女性の死をきっかけに、この女性のこと、高校時代のことを小説にする決意をしたと書かれている。どこまで事実かということはさておき、何よりも「これを書いておかなくては」という作者の強い思いが胸に迫ってくる。

守田は1954年生まれ。「赤頭巾ちゃん」の薫君は1950年、村上春樹は1949年の生まれだ。このあたりの年齢の方たちは、一年違うだけでもかなり異なった学生時代を過ごしたはずで、数年の違いはずいぶん大きいのではないかと思う。私自身は1959年生まれで、高校は「三無主義」の終わりの方、大学はバブル前夜、安保も全共闘も伝聞でしかない。

それでも、ここに書かれた守田の戸惑いや高揚や喪失感は、わかる。初めてのデモの興奮と恐怖、秀才でラディカルな友人へのコンプレックス、親や教員との軋轢の苦しさ、運動の広がりに胸を熱くし、やがて言いしれぬ敗北感を抱く…。ごく普通の高校生である守田を通して、自分もその場にいたらどうしただろうと、我が身に問いかけながら読んでいかざるを得ない。たとえ同じ経験をしていなくても、その思いは共有できる。守田だけでなく、登場する高校生一人一人、また、その親や教員それぞれに、作り物ではない胸痛むリアリティがある。

守田は、真生子という女性と、高校時代から四十年にわたって折に触れて関わっていくことになる。この真生子の死の前後を中心に、最近の出来事が綴られていて、ここは哀切だ。そういう意味で本作もまた、青春小説であり、中年小説でもある。

ハンスト闘争の最後に歌われる「ワルシャワ労働歌」、サイレントの八ミリ映像の中で生徒たちが歌う「We shall overcome」、どちらも深く胸を打つ。

レビュー投稿日
2013年12月9日
読了日
2013年12月9日
本棚登録日
2013年12月9日
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