雪と珊瑚と

著者 :
  • 角川書店(角川グループパブリッシング) (2012年4月28日発売)
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本棚登録 : 2086
感想 : 393
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二十一歳のシングルマザー、珊瑚。
ようやくお座りが出来るようになった娘の雪。
散歩の途中で見つけた張り紙で出会って、娘の預け先となったくららさん。

珊瑚は生活のために娘を預けて、パン屋でのアルバイトを始めたけれど、「人の生活を支えるような食べ物を提供したい」とカフェを開こうと考えるようになる。

背の高い屋敷林に囲まれた古い家。
顔の見える生産者が育てた無農薬の野菜をふんだんに使って、手間暇をかけて作ったお惣菜。
ネルドリップで丁寧に入れた芳醇なコーヒー。

ずいぶん前にNHKの昼の番組で武蔵野の面影を求めて、三鷹か吉祥寺あたりの家から中継しているのを見たことがある。
あれは、夏の終わりだったか秋口で、少し和らいだ陽射しが木々の間から差していた。家はまるで旧軽井沢あたりに建っていてもおかしくないような雰囲気があった。
屋敷林という言葉からその家を思い出した。

豊かなうまみや力強い味わいを持つ野菜を丁寧に料理をして、人を養う食べ物をつくる描写。
人の温かな思いやりや善意、妬みや複雑な感情。
丁寧に丁寧につづられていく。

自身もシングルマザーの母親に育てられ、愛された記憶が薄い珊瑚が不思議と人を引き付け、助けられて、カフェの営業も軌道に乗る。資金もなく、飲食店でろくに働いた経験もない珊瑚が店を切り盛りして成功することや、彼女を支えてくれる人たちの献身ともいえる態度も、現実にはなかなか難しいことだと思う。

日常は淡々と過ぎていき、何かが起こっても、期待されるような解決もないし、その事実を深追いすることもなくそれで終わっていく。
とてもあっさりしているようでいて、けれどリアル。

P316
すべてのことに解決がつかないまま、けれど生活はそんなことはお構いなしに次から次へと続いていく。朝が来て夜が来て確実に日々は流れる。

本当に、そう。
それでも、つかの間、丁寧に料理をしたり、誰かのために時間を割いたり、けれど結局効率的でもなく、一見無駄が多いような日々を時には必死に、時には淡々と過ごしていく。

子どもを持つということも、シングルマザーであるということも、
独身でいるということも、嫌いな人がいるということも、とにかく否定されない。すべてあり、と思わせてくれる。

少し疲れている人に是非ともおすすめしたい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2013年1月9日
読了日 : 2013年1月9日
本棚登録日 : 2013年1月9日

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コメント 2件

まろんさんのコメント
2013/01/10

この本をこんなに穏やかに、心静かに読めるnicoさんが、すばらしいと思いました。

私はぽわーっとしているせいか、第一印象で苦労知らずで甘えている、と思われてしまうことが多くて
渋谷のスクランブル交差点で信号待ちしているとき、いきなり
見知らぬ女性に、「あなたみたいな人大嫌い!」と言われて固まっちゃったこともあったりして。
そんなこともあって、なんだか珊瑚にやたらと感情移入してしまって
謂れのない悪意を、ぜんぶ自分のせいだと思わなくていいのに、と
なんだかむきになって読んでしまったところがあるのです。
言葉でも、行ないでも、お料理でも、周りのひとを温かく包むくららさんのようになりたいなぁ、
と切実に思います(*^_^*)

nico314さんのコメント
2013/01/10

まろんさん

私はくららさんや珊瑚には憧れるけれど、魅力がまぶしくて感情移入できず、むしろ一緒に働くゆきちゃんの目線で、珊瑚を応援しつつ、くららさんと仲良くなりたいな、なんて思いながら読んでいました。
丁寧に料理をこしらえることは、生活を土台から作り上げていくことにも似て、珊瑚が再生されていくようで気持ちがほんわかしました。

まろんさん、とっても嫌な目にあってしまったのですね。その時は、理不尽さに打ちのめされたり、後から怒りが込み上げてきたり、きっと簡単には忘れられない苦々しい気持ちが、おりのように沈んだのではないでしょうか。(背中に手をあててさしあげたい気持ちです)
この本の中の手紙の主には、何があったんだろうとつい因果を考えてしまっいました。

それにしても、くららさんも珊瑚もきれいな言葉づかいですよね。料理も言葉づかいもなんだか人の在りようが現れているようで、今日の夕食は少しだけ丁寧に作った(当社比)影響されやすい私です。



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