国民の道徳

3.39
  • (3)
  • (9)
  • (26)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 129
レビュー : 8
著者 :
制作 : 新しい歴史教科書をつくる会 
忍者 悟さん 思想   読み終わった 

☆☆☆以下引用☆☆☆
 のっけから自分のことで恐縮であるが、小学生の頃、私はおおむね孤独を好むようにして生きていた。いや、他者との接触が否応もなく喧嘩沙汰に至るので、孤独に傾かざるをえなかったのである。中学生の頃は、遠方からの汽車通学のために独りになることが多く、一時とはいえ万引きに耽るというような形で、少々不良化していた。高校生の段階では、妹を交通事故に遭わせるという失策をやったこともあって自閉的でありつづけていた。
 その自閉症の気味を打ち破りたいという衝動に駆られてのことであろう、大学生になると、政治運動に参加し、二度逮捕され、三つの裁判で被告人をやっていた。被告人になると同時に政治運動はやめ、また独りになった。家族や友人の付き合いなしに、物質的に最低の暮らしをしながら刑務所に入るのをただ待っているというのも、「小人、閑居して不善を為す」の一種であったとしかいいようがない。
 妙な具合で刑務所にいかずに済むことになり、そして学者の職業に就くことになった。だが、自分のやっていた学問分野がとてもつまらないものだと思われはじめ、そこからの脱出口がみつからぬという苛立ちのせいもあって、麻薬や賭け事を少々体験しながら、憂鬱な時間を過ごしていた。当時、高校時代のたった一人の親友であった在日朝鮮人が暴力団の行動隊長のようなことをやっていて、そうしたアウトローとの付き合いだけが私の生活に緊張感を運んでくれていた。
 仕事の上での脱出口の見当が何とかついたあと、留学と称する精神の休眠状態に入り、国に戻ってきて、日本における「戦後的なるもの」が高度大衆社会の徒花となって咲き誇っていることに精神的な嘔吐を催しはじめたときに、私はもう四十歳代になっていた。その代が終わりに近づく頃、訳あって所属大学と喧嘩しなければならなくなり、それから十二年間、主として評論家という世間からは蛇蝎のように嫌われる、また嫌われて当然の、職種のあたりをうろうろして今に至っている。
 敗戦とともに自意識というものを持つこととなった私の人生はいつも世間からずれていた。その意味でならば私は不道徳漢であったし、またそうであることに居直って、我ながら制裁を受けて然るべしと思うしかない行為に走ることも間々あった。私の心理の奥底には、どうも、制裁を受けてみたいと思う性癖があるようでもある。その意味では、軽率を美徳とみなす不徳の気味が私にはある。だから、いくらつまらない時代とはいえ、よくもこういうつまらぬ人生を送ってきたものだ、という虚無の気分が、ごく軽いものではあるのだが、私の脳髄に黴のようにとりついていることも否めない。(3~4頁)
☆☆☆引用終了☆☆☆

 この箇所を読んで、当時の率直な感想を述べれば、
 「知識人にも、面白い奴がいるんだな」と思った。
 それ以前までは、私は知識人や学者をどこか毛嫌いしており、
 これを読んで以降、知識人や学者を幾らか好意的に思うようになった。
 我が人生としては、この著書が私が読書家の道へと向かわせる動機の一つになった一冊のように思う。(2010年1月26日記) 

レビュー投稿日
2010年1月26日
読了日
2010年1月26日
本棚登録日
2010年1月26日
0
ツイートする
このエントリーをはてなブックマークに追加

『国民の道徳』のレビューをもっとみる

『国民の道徳』のレビューへのコメント

まだコメントはありません。

コメントをする場合は、ログインしてください。
ツイートする