あとは野となれ大和撫子 (角川文庫)

  • KADOKAWA (2020年11月21日発売)
3.65
  • (14)
  • (22)
  • (18)
  • (6)
  • (2)
本棚登録 : 305
感想 : 27
5

『マジすごい、宮内悠介』

解説と本の帯に書かれている辻村深月さんの言葉に、ただただ全同意。数年前『盤上の夜』や『ヨハネスブルグの天使たち』という、同著者の作品を読んだとき「新しい文学が、宮内さんの手から生まれるのではないか」みたいなことを書いたのだけど、その予感はやっぱり間違っていなかった。

中央アジアにある小国家アラルスタン。そこで起こった紛争で、両親を失った日本人の少女ナツキはその後、後宮(ハレム)と呼ばれる国の教育機関に引き取られる。

同じハレムに所属するアイシャやジャミラたちと共に、成長していったナツキだが、国の大統領が暗殺され、議員たちも逃亡。反政府組織や、周りの大国がアラルスタンを取り込もうとする中、ナツキは国を守るためアイシャが立ち上げた臨時政府に参加することになる。

これ以上ないフィクションであり、そしてエンターテインメント!
うら若い女の子たちが、軍事に国際関係に知略を巡らしつつもがむしゃらに、そしてひたむきに挑む。荒唐無稽であるとか、リアリティであるとか、そういうツッコミはもはや些細な問題にすぎないどころか、野暮ですらある。
物語の勢いとか、登場人物たちの魅力であるとか、そういったものが、話を先へ先へ引っ張る。

ただ、一見荒唐無稽な話に見えるものの、物語の詳細を詰めていくとなかなかにきっちり詰められていることが分かります。アラルスタンの歴史。民族問題や、反政府組織などの政治や思想の問題。そして隣国ウズベキスタンやカザフスタンが、資源を狙い、混乱状態にあるアラルスタンを飲み込もうとする。

そうした国際関係の描き方はもちろん、国防軍と、反政府組織の対決では、Wifiやドローンなども駆使した、近代的な戦闘も描かれる。

またハラルの女性たちはいずれも紛争や、大国の思惑で故郷や故国、両親を失っています。そうした彼女たちの複雑な生い立ちからの心理もまた読ませる。

一見荒唐無稽な話でも、そうした設定の詰め方は本当に丁寧で隙がない。物語の芯の部分、骨組みは相当にしっかりしています。だから荒唐無稽な話に違いないのに、無理は感じさせない。

国際関係や政治の複雑な部分を描きつつも、物語自体は青春小説の味わいもあります。ナツキたち若い女の子が国を成り立たせるため、一生懸命に行動し全力でぶつかる。時には切ない別れや裏切りも描かれる。また一方では、彼女たちの一体感であったり、成長や友情であったりも描かれて、それも素晴らしかった。

ナツキを中心とした物語の語り口は軽やかで、時にユーモアの部分も取り入れながら進められていく。物語の設定の硬さとそうした柔らかさの硬軟も、絶妙の一言に尽きます。

クライマックスでのテロ実行犯との対決、暗殺者が大統領に就任したアイシャを狙う劇場での大立ち回り。緊迫の場面が続く中で、時にコメディやコントのような、ズッコケそうな場面、すれ違いが生まれる。

下手すれば場面が一気に白けそうなのに、それをテンポと語り口で、最良の喜劇のように仕上げるその手腕。緊張と緩和が交互にやってきて、ページを読む手が止まらなくなる。

中心人物となるナツキやアイシャ以外のわき役もいい味を出していた。ナツキたちを敵視するハレムの最ベテラン女官のウズマを始め、反政府組織の中心人物であるナジャフや、軍部のアフマドフ大佐。そして謎の吟遊詩人で武器商人のイーゴリ。
いずれも一癖、二癖あって、徐々に第一印象とはまた違った、彼らの側面が見えてくる。

後は作品の幕間に挟まれるブロガーの、ブログも魅力的。ママチャリで世界一周を掲げアラルスタンにやってきたものの、大統領の暗殺騒動に巻き込まれ身動きができない状況に……。

このブログの文章が各章ごとの幕間に挟まれるのだけど、この文章もなかなかに壮絶で面白い。超ハード版「世界の果てまでイッテQ」。あるいは「電波少年」の今では放送できないような海外ロケを、より濃縮したような感じ。
これだけで一冊の小説になりそうだし、このブログが、アラルスタンの違った側面を端的に読者に伝えてくる。

アラルスタンというのは架空国家なのだけど、歴史や地政学的な面はもちろん、文化や服飾、食事から神話まで詳細に描かれています。著者の宮内さんは海外を旅されていたそうだけど、そうした素地が物語の中に遺憾なく発揮されているように思います。

国際謀略小説や、軍事小説、政治小説、そんなシリアスで硬い面を持ちつつも、一方で青春小説の爽やかさや、ドタバタコメディのようなユーモアと軽さも併せ持つ。

ワールドワイドな視点と物語背景、大国に運命を狂わされる小国と人間の哀しさ。そのすべてをナツキの言動を始めとした語り口の軽やかさと、時にはさまれる可笑しさ、そして物語の持つ爽快感で吹き飛ばし、大団円を迎える。

今の世界に対しての祈り。それをフィクションだからできること。エンターテインメントだからできることを詰め込んで、そして体現したのがこの『あとは野となれ大和撫子』という小説だったのだと思います。

宮内さんの作品は、ブクログから離れていた時期も読んではいたのですが、そのたびに既存の小説とは違う何かを感じました。そしてそれは、この『あとは野となれ大和撫子』でもしかり。

さらにすごいと感じたのは、『盤上の夜』『ヨハネスブルグの天使たち』は、抽象的な概念を含む、シリアスなSFだったのに対し、この『あとは野となれ大和撫子』は、先に書いたように軽さも併せ持ったエンターテインメントに仕上げられていること。宮内さんの底は、まだ見えてきそうにありません。

一作ごとに作風を変え手法を変え、小説の新しい世界を宮内悠介さんは、間違いなく開き続けています。

第49回星雲賞(日本長編部門)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: エンターテインメント
感想投稿日 : 2020年11月30日
読了日 : 2020年11月29日
本棚登録日 : 2020年11月29日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする