見えない日本の紳士たち (ハヤカワepi文庫)

  • 早川書房 (2013年4月30日発売)
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感想 : 13
4

英国文学を代表する巨匠、グレアム・グリーンの日本オリジナル短編集。人間や日常の中に潜む哀感を、「直接的に描く」というよりも「じんわりと浮かび上がらせる」ことで、読者の心にも徐々にしみいるように描いている印象です。それでいてシニカルだったり、ブラックだったりのユーモアセンスも抜群。

最初に収録されている短編は「ご主人を拝借」
新婚夫婦と、その夫婦と同じ宿に泊まった中年の作家。新婚の夫を狙う宿の宿泊客のままならない関係を描いた作品。
新婚の奥さんのことを最も考えていた作家が最後にふと気づく現実が、人生の哀しさと皮肉さを表すように感じます。

「ビューティ」はオチの一文のシニカルさと毒がたまらない。夫人の飼い犬が逃げたという話から、人間に対する醒めた視点に話を持っていく、その構成と視点が印象的。

「旅行カバン」は奇妙な味系の短編。カバンに死体を詰めているという男と、その周りの人たちのズレた会話が不思議な可笑しさを演出する。

「過去からの声」10年間付き合った女性と別れ、新しい女性と結婚した男。しかし二人の家には、前の女性からの「親切な」手紙が何通も届き……
ホラーっぽい雰囲気かと思ったら、現奥さんが鈍いタイプの女性なのか、どこかユーモア的な雰囲気もまとっている。それでいて愛のすれ違いが描かれていくのが、また巧い。

「八月は安上がり」結婚しているものの、どこか鬱屈とした感情が晴れない女性と、老齢となった男性の関係を描いた作品。女性側の心理描写や揺れる感情、自尊心、男性側の孤独といずれも丁寧に描かれていて、切ないものになるのかな、と思いきやラスト一行でストンと落とす。
作品全体の文学的な雰囲気から、思わぬ方向にオチが待っていて、そのシニカルな姿勢と技巧がこれ以上ないくらい光った作品だと思います。

「ショッキングな事故」はお笑いのコントのような入りから、読み終えてみると心が温かくなる短編。これまでがシニカルな笑いの多い作品の多かったので、そこからの転調も見事に決まった作品。これは収録順の構成の妙も光っている。

「考えるとぞっとする」傍から見るとただ男性が赤ちゃんをあやすだけの話なのですが、読んでいると劇団ひとりとか、バカリズムの一人コントを見ているような気持ちになってきます。赤ちゃんに対する独特の視点が、ツボにはまりました。

「医師クロンビー」は語り手が子供のころ出会った、クロンビーという医者のことを思い出す話。このクロンビー博士の冗談か本気か今一つ分からない持論もなかなか強烈だったけど、なぜ語り手が今この話を思い出したのかがミソ。そこの理由が苦いのだけど、しみじみとした穏やかさも漂っていて、語り口とオチの付け方が絶妙。

「諸悪の根源」
酒の席を仲間外れにされた男が起こした騒動が、意外な展開に発展していきます。
これもところどころシュールな場面があったり、奇想天外な展開に流れていって面白かった。「考えるとぞっとする」が一人コントなら、これは東京03とかザ・プラン9あたりの劇団系のコント的な面白さかな。

「慎み深い二人」ベンチに座っている二人の男女の会話を描いた短編。
ありえたかもしれない別の人生に想いを馳せ、元の生活にもどっていく二人の姿。運命の皮肉さ、人生の一瞬の縁の哀しさを映し出します。この中に書かれている一文も、哀感があってよかった。この年代の男女の愛に走り切れない現実と、それでも焦がれる思いをこれ以上ないくらい表しているように思えます

『若い頃には臆病とされるものも、中年にとっては分別に他ならないが、それでも人は分別をはじることがある』

「拝啓ファルケンハイム博士」は手記の形式。
これは展開とオチでぶっ飛んだ(笑)なんというブラックな発想……

「庭の下」病を宣告された男性が、子供のころの夢か現実か判別としない思い出をたどる作品。
語り手と奇妙な老人の会話が強烈。幼い頃への郷愁と、寂しさだけでは終わらない捻りが効いた短編。

人間や人生に対する冷徹な視点や、哀感を描きながら、時にシニカル、時に不謹慎な笑い、さらにとぼけた味わいのもの、奇妙な展開など、話のバリエーションが非常に豊かで、いずれも構成や、語り口、場面の切り取り方が絶妙。
そして何よりラスト数行で、物語の輪郭を一気にはっきりとさせる作品が多くて、円熟した小説家ならではの技巧が光ります。

渋さと巧さが光る、まさにいぶし銀の短編集。グレアム・グリーンは名前だけ知っていて、今回が初読でしたが、巨匠と呼ばれるのも納得の一冊でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文芸・文学・群像劇
感想投稿日 : 2021年2月7日
読了日 : 2021年2月7日
本棚登録日 : 2021年2月7日

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