蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1953年6月30日発売)
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感想 : 455
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29年前に読んだ本らしい。当時はプロレタリアートという語さえ理解できなかったに違いない。
「蟹工船」は数年前だったか、世間で妙にリバイバルされたようで、「いま」のリストラ吹き荒れ、賃金がどんどん下がってゆく状況とこの作品内の労働状況とが似ている、とのことだったが、果たしてどうか。
「蟹工船」の世界では極めて劣悪、過酷な労働を強いられており、死者さえ出すことから、ロシア人から「アカ」思想を吹き込まれたことをきっかけに、雑多な経歴をもつ労働者集団が自然発生的にストライキを組織するに至る。
ここでの雇用者-被雇用者という対立図式は極めて明快であり、ストの自然らしさには説得力がある。雇用者を代弁している「監督」は悪辣な人物であり、同情の余地はない。ただし、彼でさえ、最後にはクビにされるので、実は被雇用者にすぎなかったことが確認される。
小林多喜二の死の前年に書かれ、「前編おわり」という文字で終わる「党生活者」では、主人公は完全に当時非合法な共産党員として活動する。しかしマルクス主義思想が作品の前面に突出することはなく、「階級闘争」という言葉すら出てこない。あくまでも関心は、現在の職場の労働条件の改善である。そこに反戦思想も少し混ざっている。満州事変の最中の作品だが、当時は反戦を掲げるには「アカ」になるよりほかなかったのかもしれない。
ともかく、どちらの作品でも、問題となっているのは現在の職場の労働条件であって、マルクス主義の思想ではないし、理屈っぽさは全くない。ジャン=リュック・ゴダールの映画「中国女」の世界とはまったく異なる。
小林多喜二のえがく職場にはシモーヌ・ヴェイユあたりも潜り込んでいそうだが、現在のような労働基準法等の諸制度が完備し、たとえパワハラがあったとしても(現にたくさんあるのだが)その気になれば何とかできる体制が整っている社会とは異なる。小林多喜二作品の「雇用者」の背後にあるのは帝国主義・軍国主義と結びついた企業である。現在でも大企業は、いかにも腹黒そうな経団連、政府(特に自民党)と結びついているが、労働者に対する拘束は比べものにならないくらいゆるやかだ。
これらの小説がえがきだすように労働組合という「組織」が社会史上重要な役割を果たし、現在でも重要さを失っていないことは確かだが、マルクス主義的「理論」はフランスとは異なり、日本人にはまるで根付かなかったと思われる。
よく言われるように「働き過ぎ」の日本の労働者の実態は、確かに外国人の労働観とはどこかで決定的に異なっているが、たぶんそれは、「企業」のせいでも「国家」のせいでもない。日本人全体のあいだに何となく漂っている独特の雰囲気のせいだろう。だから何十年たとうとも、労働組合がいかに頑張っても、日本労働者の根本的な姿勢は変わらない。
「働かないとメシが食えない」というのは表向きの言い訳である。
「蟹工船」の労働者たちも、本心からがむしゃらに働きたいのである。そのへんが、どうも諸外国とは異なっているし、雇用者-被雇用者の対立が、たとえばエミール・ゾラの『ジェルミナール』のような激しい闘争にまで到達しない原因なのではないだろうか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文学
感想投稿日 : 2013年4月24日
読了日 : 2013年4月23日
本棚登録日 : 2013年4月23日

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