音楽の科学---音楽の何に魅せられるのか?

  • 河出書房新社 (2011年12月21日発売)
3.85
  • (7)
  • (12)
  • (6)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 261
感想 : 16
4

600ページを超える大部のハードカバーで、活字も小さめなので、かなりボリュームがある。じっくりと時間をかけて読んだ。
音楽の認知科学の分野は、これまで数冊読んできたが、あまり期待されるような成果が出ておらず、はっきり言って現代科学にしてはかなり立ち後れた分野である。つまり、なぜある種の音の組み合わせが、人間にとって快かったり不快だったりすのか、はっきりとした原因は未だ掴めていない。
この本の著者は音楽の専門家でも科学の専門家でもなく、「サイエンス・ライター」である。従ってこの本は音楽にも科学にも詳しくない人でも容易に読めるよう、とてもかみ砕いて書いてある。逆に言うと、専門的な語句をあまり使えないために、妙に冗長だったり不正確だったりする面もある。この本が異様に長いのも、「簡単に書いてある」せいだ。
とはいえ、書かれている情報はなかなかの分量である。私にとってはどれも興味深いトピックなので、丁寧に読んでみた。
どうも著者は、いわゆる「現代音楽」(主に無調の、前衛的な欧米音楽)を今ひとつと思っているらしく、シュトックハウゼンとかブーレーズの前衛性について、人間の認知論的側面から離反してしまっている(わかりにくくなってしまっている)という難点を挙げている。
しかし私の場合でいうと、確かにはじめは得意でなかったが、徐々に慣れ親しんでいき、しまいには「現代音楽」でない近代音楽にはどうも物足りなく感じてしまっているのだが、そういう点は、どうなんだろう。
本書で最も興味深かったのは、音楽が「言語」と似た何物かである、という最後の方の章だった。音楽を認知する脳の反応を調べると、確かに言語に対する反応と、重複する箇所もあるらしい。
確かに音楽は明確なシニフィエ(意味内容)を持たないシニフィアンの構造体である、と言うことができそうだ。ジャック・ラカン的な意味で、音楽はシニフィアンが織りなす心的複合体である。ただしこのシニフィアンは情動(ダマシオの言う、感情以前の反応としての情動)レベルでよく作用する。なぜなのかは科学的に解明されていないが、とにかく、たとえばある種の和音の連結が特定の情動を惹起することは確かだ。
とはいえ、音楽的な構造は著者の言うように、文化のコードによって規定されたものでもある。文化が異なれば音楽の情動化作用も異なってくるのだ。
クラシックや西洋由来のポピュラーミュージックに限らず、著者はいわゆる民俗音楽に関してもよく調査している。わかりやすく(通俗的に)書いてはいるが、その裏にある学問的知識はたいしたものだ。かなり詳しく調査したのだろう。
音楽において「予測されたとおりに進行すると快があり、時折予測を裏切ったときにも快がある」という点に、著者はちょっとこだわり過ぎなのではないかとも思ったが、ここに含められた膨大な情報が、読者に「音楽とはどういう現象なのか」ということの再考をしきりにうながしてくれるのは確かだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 音楽・美術・映画
感想投稿日 : 2013年4月14日
読了日 : 2013年4月13日
本棚登録日 : 2013年4月13日

みんなの感想をみる

コメント 1件

plusminuszero12さんのコメント
2013/04/15

音楽的な構造が文化によって規定されるという箇所が面白かったです。これは、音楽の構造のことでしょうか?それとも音楽を受け取る側の心の構造のことなのでしょうか?自分も読んで確認してみたいと思います。

ツイートする