B913.6-ニツ
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遠い子供の頃のことなのに,妙に鮮明に記憶に残っている事柄が,おそらく誰にもあると思う.私にとってのそれがこの本である.いや,正確に言えば本ではなく,ストーリーである.
紹介文を書くにあたり,久し振りに読み返して,記憶に残っている理由が想像できた.出版翌年に放映されたテレビドラマを夢中になって観ていたこともさることながら,出版年と作中の年齢を合わせて考えると,主人公の少年が私自身に綺麗に重なるのである.太平洋戦争がそれほど遠くない時代,戦争の痕跡が身近にあったのも,鮮明に記憶している理由であろう.小説の存在を知ったのは高校生の時だった.
物語の舞台は三浦半島にある,夏は海水浴客で賑わう村.そこに残された旧日本軍の要塞跡と,隠されたとされる財宝.財宝を廻る謎と事件.辞世の句として渡された暗号,そして解読.そこには少年期なぞ遥かな過去になった今の私が読んでも心踊るものがある.
作者新田次郎は山岳小説や歴史小説で有名だが,たった一つ書いた児童文学が本書である.気象学者でもあるので風景や気象現象の描写が的確で美しい.おそらく現在は状況が変わっているであろうが,本書を片手に三浦半島を散策するのも良いだろう.また,作中で主人公の担任の先生が夏休みの課題として作文を課す時に作文について説明する件りは,文学者としての新田の持論に触れるようである.
冒頭で触れたが,本作はNHK少年ドラマシリーズの一作としてドラマ化された.本書を通してドラマを観,他の作品の原作を読むというのも読書の楽しみ方の一つであろう.若い人たちが知っていそうなところでは,筒井康隆著『時をかける少女』がある.
因みに,新田次郎のご子息,数学者の藤原正彦氏は『若き数学者のアメリカ』『国家の品格』などを著している.
- 感想投稿日 : 2018年1月24日
- 本棚登録日 : 2018年1月24日
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