明治から昭和初期に書かれた日本の有名な文学作品を原作として、すべて現代の京都の大学生を主人公に翻案した作品集。文体や展開は模倣しながらも、しっかり「森見ワールド」に落とし込まれている。プロの物書きとはこういう芸当ができるものなのかと感服した。

 取り上げられた原作は以下の五作品。いずれも原作は著作権が切れて青空文庫に収録されている。最初の三作は既読だったが後の二作は未読だったので、入手して先に読んでから森見版を読んだ。ついでに既読の三作も読み直してみた。

『山月記』中島敦・1942年
『藪の中』芥川龍之介・1922年
『走れメロス』太宰治・1940年
『桜の森の満開の下』坂口安吾・1947年
『百物語』森鴎外・1911年

 原作も森見版も、なんとなくのどかな空気が流れている。内容的には殺人事件があったり人生が破綻したりして必ずしものどかとは限らないのだが、古き良き時代のおおらかな香りが漂う印象だ。

 森見版の場合もまだ携帯やネットが普及してなかった昭和後半あるいは平成初期のイメージ。平成初期なら私自身の学生時代と重なるのだが、ダメ学生のメンタリティはだいたいこんなものだった気がする。

2018年4月18日

読書状況 読み終わった [2018年4月14日]

 1953年に書かれたSF作品。本が禁制品となったアメリカで、本を焼くことを仕事とする主人公が、ある日不思議な少女に出会って人生が変わることになるという、ディストピア小説。

 かなり有名な作品だが、SFとしてもメッセージ作としても中途半端な印象を受けた。ジョージ・オーウェルの『一九八四年』にも通じる設定だが、展開はそちらほど明瞭ではない。アメリカではかなり重要な作品として位置付けられているそうだが、扱っているテーマが読書という行為に直結したものであるおかげではなかろうか。

 想像上の未来世界を舞台とするこの作品の中に、なんらかの形で現代社会への警鐘や皮肉を見出すことは可能だろう。実際、ここに登場する「本を読まない人々」の描写はある意味現代人を象徴している。ただ、それ以上のものは感じられなかった。

 書かれてから65年を経た今、社会はおそらく作者の想像以上に変わった。インターネットと電子書籍の登場で、本を燃やすという行為は無意味になりつつあるが、この時代にはこの時代なりの焚書の姿があるだろう。私たちがディストピアを逃れたわけでないという気持ちは最近強まっている。

2018年4月9日

読書状況 読み終わった [2018年4月8日]

 ウェーバーの代表的著作と言えば『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が挙げられる。一度は読もうとしたのだが、一割も進まないうちに挫折してしまった。通読すらできなかった理由のひとつは文体が古めかしくまわりくどいため理解しづらかったことだが、もっと大きな理由は、20世紀初頭のドイツ人にとって常識であることが私にとっては常識でなかったことだろう。

 私はドイツ人でもプロテスタントでもなく、それどころかヨーロッパ人でもキリスト教徒でもない。従って、まずは彼らがどういう価値観でどのように活動していたかを解説してもらう必要がある。特に、彼らにとって極めて重要だった「神」の概念を共有していないのは致命的だ。分析の対象を知らずに分析結果だけ読んでも理解できるわけがなかったのだ。

 ウェーバーの解説書は何種類か出版されているが、本書は2014年に出版された新しいもので、最近の日本で起きた出来事などを引き合いに出して説明するなど、今の日本人が読むにはとても理解しやすいものになっている。もちろん私の理解が正しいかどうかの検証は必要だが、少なくとも読んでいる時点で何を言っているのかわからないということはない。ウェーバーの著作自体と違って。

 本書で解説されているのは『プロテスタンティズムの~~』だけではない。『職業としての政治』『官僚制』『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』『社会学の基礎概念』『職業としての学問』といった著作を取り上げている。タイトルを並べるだけでも、ウェーバーがどんなことに関心を持っていたかがわかるような気がする。

 余談だが『職業としての学問』を扱う第4章では、そこで論じられた当時のドイツとアメリカだけでなく、現在の日本の大学政策への苦言もあり、著者(仲正氏)の複雑な想いが垣間見えて面白かった。

2018年4月7日

読書状況 読み終わった [2018年4月6日]

 2015年夏から日本人駐在員として中国で働き、中国人スタッフの書いた日本語レポートを添削する立場になったのだが、日本語ネイティブだからと言って日本語教育ができるわけではない。「ちょっとおかしな感じがする日本語文章」を修正することはできるのだが、なぜおかしいのか聞かれても説明することができない。適切に指導するには自分ももう一度日本語文法を勉強する必要があると感じていたところ、キャンペーン対象になっていた本書を見つけたので読んでみた。

 日本人が学校で「国語」として学ぶ文法と、日本語を学習する外国人に教えるための文法は異なるという。それは基礎知識の違いによって理解しやすい説明の仕方が異なるためだと思っていたが、むしろ学ぶ目的の違いによるもののようだ。

 国語では使われなかった文法用語「ムード」「ボイス」「アスペクト」「テンス」という概念が用いられているが、これらを正確に理解するのはちょっと時間と訓練が必要だ。本書を読んですぐ日本語教師になれるわけではないが、何気なく使っている言葉の仕組みを見直す良いきっかけになったと思う。

2018年4月5日

読書状況 読み終わった [2018年4月5日]

(全12巻読了)

 三国志はもともと中国の古典文学だが、日本でも小説・漫画・アニメ・ゲームなど様々な形で親しまれており、多くの熱烈なファンがいる。特に興味がなかった私でも劉備や孔明、曹操などの主要登場人物の名前くらいは知っていたので、内容をあえて紹介する必要はないだろう。仕事で四川省の成都に行った時「ここは蜀の都だった」という話を聞いてもピンと来なかったため、読んでおくことにした。

 横山光輝による漫画も有名だが、吉川英治による小説は既にパブリックドメインとなって青空文庫Kindle版で読むことができたので、こちらにした。全12巻のうち1巻と12巻はプロローグとエピローグみたいなものなので、実質的には10巻強。全部読むのに10ヶ月強かかったので、ちょうど月に一冊のペースだ。

 個人的な好き嫌いとしては、さほどファンにはならなかったというのが正直な感想だ。教養として読んでおいて損はないだろうが、エンターテイメントとして私の好みではなかった。

 上海の古羊路にある馴染みのバーで酒を飲みながら赤壁の戦いのあたりを読んでいた時、店の女の子(中国人)に赤壁の場所を尋ねたが、知らないと言う。中国人なのに三国志を知らないのかとからかったら、あれは男が読むものだと言われた。

 言われてみれば確かにこれは男の物語だ。ひたすら戦乱に明け暮れて立身出世と天下取りを目指す武将たちの中で、女性の扱いはひどく軽い。もちろん時代も文化も違うのだから、そのこと自体は悪いことではないし、三国志が好きな女性だっているので一概には言えない。しかし作品の位置付けを理解する上で重要な指摘だったように思う。

2018年4月5日

読書状況 読み終わった [2018年4月4日]

 著者の経歴があまりよくわかりませんが、本書はややマニアックな人向けのようで、「言うまでもなく~~だ」と書かれてるけど全然言うまでもなくないだろという部分が頻出する。自分の勉強不足かと思ったら、割と特殊な人々向けに書いた本だと明言されている箇所があったので納得した。

 機動戦とは要するに戦車による進撃で、大砲+歩兵という旧来の進軍に比べて高速であるため、相手の対処が間に合わず一気呵成に攻め込む作戦だ。第一次世界大戦でイギリスが初めて実戦投入して以降各国に普及し、陸戦の主役になった戦車だが、実際はどのくらい戦争の姿を変えたかを検証している。

 戦車とよく似た兵器に自走砲がある。一般的に戦車の仕事は敵の防衛戦を突破して殴り込みをかけることで、自走砲の仕事は自陣内から遠方の敵陣に大砲を撃ち込むことだと考えられる。そのため戦車の特徴は分厚い装甲で、自走砲の特徴は長射程の大砲だ。

 しかし本書の分析によると、実際の戦場で両者の区別は意外と曖昧になっていたことが分かる。戦車が砲兵の代わりを務めたり、自走砲が突撃砲となることも珍しくなかったようだ。こういう、設計思想と運用がずれていることは兵器以外でもしばしばあるだろう。

 時は変わって第2次大戦終結から半世紀以上を経た現在、今度はミサイルという新兵器が生まれている。昔ながらの砲兵の役割は恐らくミサイルに取って代わられていると思う。しかし、戦訓に学んで戦略を進歩させていく姿勢は常に見習うべきものがあると感じられた。

2018年4月2日

読書状況 読み終わった [2018年4月1日]

 ブロックチェーンはビットコインを支える技術として有名になったが、本書はビットコインの解説書ではなく、ブロックチェーンの解説書ですらない。本書のテーマは「ブロックチェーンなどの技術が実現しようとしているものが本当に実現したら、社会はどう変化するのか」を考察するものだと言えるだろう。ちなみに著者の専門は計算機科学で、デジタル通貨の研究で博士号を取っている。

 「本当に実現したら」という表現したのは、まだ実現していないからだ。ビットコインは国家の管理に属さず、国家の代わりにブロックチェーンが信用を保証するシステムだと言われているが、実際は多数の課題が残っており、技術的に厳密な意味では信用を保証できていないことを著者は指摘している。しかしそのこと(技術の未熟さ)はさておき、将来の社会のあり方を決める基本理念の原型がそこにあると著者は考えているようだ。

 これはもしかすると、経済学者の水野和夫氏が繰り返し主張している「長い21世紀」後の世界の一案なのではないだろうか。水野氏は『資本主義の終焉と歴史の危機』や『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』などの著書で、現在の資本主義経済はまもなく終わることを予言しているが、その後にどんな経済が訪れるかは何も語っていない。本書はそれにひとつの回答を提示しているように思える。

 「そもそも信用とは何か」を語るために人間の心の成り立ちから説き起こして未来社会を想像するという、かなり壮大なテーマをそう長くない一冊に詰め込んでいる。ビットコインの値上がりがどうのと目先の投機案件としてしか捉えていなかった人に是非読んでほしい。

2018年3月29日

読書状況 読み終わった [2018年3月28日]

 本書を読むまで知らなかったが、中国の成都からビルマを経てインドのカルカッタへと繋がる道を西南シルクロードと呼ぶらしい。ただしその歴史や位置は多くの謎や異説があり、現在は外国人が容易に入れない地域となっているため研究も少ないようだ。著者はここを陸路で踏破することを目指し、実際に踏破してきたルポが本書となる。ただしちゃんとした研究者のフィールドワークとは異なり、フリーライターの無謀な冒険というべき内容だ。

 踏破が行われたのは2002年の2月から5月。日本から中国へは正式なビザを得て入国したが、ビルマにもインドにも密入国だ。途中、官憲の目を逃れるため、カチン軍やナガ軍というゲリラの助けを借りて密林地帯を抜けていくのだが、彼らもまた一癖も二癖もある人々で、簡単には進めない。次々に降りかかるトラブルを間一髪で切り抜けていく様子は映画のようだ。映画化してもいいのではないかと本気で思う。

 自分ではあまり旅行をしないし、まして密入国を繰り返すなんてことは不可能だが、他人の紀行文を読むのは楽しい。特にこういう秘境を行く旅路の話は読んでいてワクワクする。著者による脚色があるかもしれず、またそれを確認することもできないのだが、とんでもなくぶっとんだ体験の話を聞くのは面白い。

2018年3月29日

読書状況 読み終わった [2018年3月26日]

 私も金属材料を専攻し鉄鋼メーカーの技術者としてメシを食っている者なので、鉄に関するウンチクは大体知っているつもりだ。しかしさすがに「鉄のすべてを解き明かす」というタイトルで本を書く度胸はない。著者は化学系の研究者のようだが、なかなかいい根性していると思う。ただ、思ったよりは広範囲で述べられており、あながち過言ではないのかもしれない。

 鉄の歴史的な起源から説き起こし、いわゆる構造材料としての鉄鋼だけでなく、化学反応による地球環境への影響や、生命活動における役割などにも言及されている。日本刀に関する解説に比較的多くのページを割いているのはなんとなく共感できる。あれは鉄の特性を徹底的に引き出す絶妙の工法であり、鉄を知る者ならつい熱く語りたくなるものだ。

 ただ、鉄や材料の専門家ではない人がどれだけこういう本を買って読んでくれるのだろうか。そこがちょっと気になる。

2018年3月21日

読書状況 読み終わった [2018年3月19日]

 『資本主義の終焉と歴史の危機』(2014年5月)と同じ著者による経済書で、基本的な論調は変わらない。中世から近代へ移行する「長い16世紀」に資本主義が始まったように、我々が生きる「長い21世紀」は資本主義が終わろうとしているというのが著者の見方だ。これまでのシステムはもう続けられないという点ではより一層悲観的になったとも感じられる。

 本書で著者はしきりに経済成長を否定している。実際、日本の金利がほぼゼロになっている状態は成長が止まっているに等しいが、それが一時的な政策の問題ではなく、原理的あるいは構造的にこれ以上の成長は不可能になったというものだ。その理由としてフロンティアの消滅やエネルギー価格の高騰などをあげており、いずれもそれなりに説得力がある。

 ただ、前著もそうだったが本書も結局、今後どうなるのか、どうしたらいいのかについては答えられていない。むしろ、そんなの分かるわけないという開き直った結論になっている。それはそうかもしれないが、それでも私たちは生きていかなければならない。分からないでは済まないと思うのだが、それは政治家の仕事ということなのかもしれない。

2018年3月18日

読書状況 読み終わった [2018年3月18日]

 将棋の羽生善治を語り手として人工知能について紹介したNHKスペシャル「天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る」を制作した取材班による書籍化。書籍化と言っても番組をそのまま本にしたものではなく、取材過程で経験したことや感じたことを改めて語っている内容だ。ちなみに番組の方は見ていない。

 人工知能に関する本は何冊か読んだので、ディープラーニングや機械学習などの技術については特に目新しい内容ではないが、各国の開発者たちがどんな想いを込めて取り組んでいるかという点に触れているのは興味深い。人工知能が今後どう進歩していくかということより、それと私たちがどう付き合っていくかが重要という指摘は一昨年『人工知能は人間を超えるか』を読んだ時に感じたことと一致する。

 従来型コンピュータと異なり、人工知能は判断理由がブラックボックスになっている点は重要だ。人間の知性を上回っていると言われても、理由が説明されない判断に唯々諾々と従うことには多くの人が反発したり不安を感じたりするだろう。人工知能の判断は100%正しいわけではないということをよく認識し、あくまでも道具として活用していくことが常識となってほしい。

2018年3月18日

読書状況 読み終わった [2018年3月18日]

 パソコンとネット環境さえあれば事業が起ち上げられるソフトウェアと異なり、ハードウェアを量産して販売するためには工場との取引や人の繋がりがどうしても必要になる。深圳に構築された工場群のネットワークは、従来なら大ロットでなければペイできなかった量産を小ロットでも可能にした。

 本書は、シンガポール在住で各地のメイカーフェアの実行委員を勤め、深圳見学会などを主催している著者が、この新しいモノづくりの最前線を現場から報告するといったものだ。著者以外のメンバーによる寄稿もそれぞれ違った視点があって面白い。

 小ロット生産が可能になったとは言っても、ソフトウェアをコピーするほど簡単なわけではない。やはりそこには多くのハードルがある。ひとりで部屋に篭って黙々と作業してできる世界ではなく、多くの人と繋がりを持ち協力を得る能力が必要だ。いわゆる「コミュ障のギーク」にはできないだろう。

 だから量産化という段階に辿り着けるのはごく一握りに限られるのだが、そこまで行けなかったとしても、ものづくりの楽しさを存分に味わえる環境が整っていくのは素晴らしいことだと思う。考えてみれば私自身も昔は電子工作が好きな少年だった。いつのまにか自分でモノを作らなくなってしまったのは悲しい。またハンダごてを握りたい。

2018年3月17日

読書状況 読み終わった [2018年3月15日]

 著者の米原万里はロシア語通訳でエッセイストとしても有名な方だが、2006年にガンで亡くなった。その年、著者の業績の集大成のような形で出版されたのが本書だ。前半は週刊文春に連載したコラムで、時事問題へのコメントと関連する書籍の紹介。後半はひたすら書評。著者が様々な媒体に発表したすべての書評が収録されているそうだ。

 軽妙な文体ながらそれぞれの本の素晴らしさが熱く語られており、ぜひ読んでみたいと思うこともしばしば。本書の中で「ここ二〇年ほど一日平均七冊を維持してきた」というくだりがあるが、それほどの速読でありながらこれだけ丁寧に評が書けるのはすごい。ただ本書自体の初版が2006年なので90年台の書評が多く、すでに絶版になっているものも少なくなかった。

 エッセイで語られる時事問題も当然10年以上前の話題なので、今読むとさすがに古いテーマになってしまっているが、切り口は明確だ。小泉やブッシュでさえこれだけこきおろしていた著者が安倍やトランプの振る舞いを見たら、どう語っていたか読みたかった。

2018年3月14日

読書状況 読み終わった [2018年3月13日]

 フランス革命の時期にパリの死刑執行人を務めたシャルル-アンリ・サンソンの伝記。新書で伝記だが、読後感はドラマチックな小説のようだ。まさにこの本を出典とした『イノサン』という漫画作品がある。実はそちらの方を読んだのがきっかけで本書を読んだので、シャルルの顔が漫画の絵で思い浮かぶ。

 生涯に三千人余りを処刑した彼は、死刑制度の廃止を強く求めていたという。処刑人が死刑廃止派というのは矛盾のように聞こえるが、この時代の処刑人は完全な世襲制であり、決して自分の意志でその職に就いたわけではなく、むしろその運命から逃れたかったのだろう。しかしフランスで死刑が廃止されたのは1981年である。

 副題にあげられているルイ16世については『ベルサイユのばら』で描かれたように「お人好しだが指導者としては無能」というイメージが強いが、本書によれば実際はそうでもなかったらしい。革命を抑えることができなかったという点も、恐らくその時に王位にあればどんな人物でも同じ結果だったのだろう。

 ギロチンは、無用な苦しみを与えず速やかに処刑を完了できる“人道的”な処刑器具としてフランス革命の時に開発されたが、あまりに簡単に処刑できるため膨大な死刑を量産する結果になったというのは、趣味の悪い冗談のようだ。

2018年3月8日

読書状況 読み終わった [2018年3月7日]

 近年ノーベル物理学賞を受賞した日本人のうち、2002年の小柴氏・2008年の小林氏と益川氏・2015年の梶田氏はいずれもニュートリノに関する研究で、この分野は日本が世界をリードしているという。本書は日本の素粒子研究の中心である高エネルギー加速器研究機構の准教授である著者が、その研究の意味を解説したものだ。

 扱っている内容はニュートリノの存在を予想した理論から検証する実験までだが、私の持つ予備知識に対してとてもちょうどいい説明量でわかりやすかった。一般向け公開講座で喋った内容をそのまま文字起こししたような文体で、イラストは黒板かホワイトボードに手書きしたような線画だが、実際はそうではなく、読みやすいようにそれっぽくしたようだ。

 波が伝わる様子をTwitterのリツイートが伝播していくことに例えるなど、数年経ったら古臭くなりそうな表現も多用されているが、現在進行形で成果が上げられている分野なので、今この時に読んでおくべき本と考えれば良いだろう。

2018年3月6日

読書状況 読み終わった [2018年3月5日]

 タイトルには「動乱」とあるが、別に物理的な戦争や紛争を扱っているわけではない。むしろ政治経済における駆け引きや国家戦略の分析が中心だ。世界の国家勢力を、陸路を重視するランドパワー、海路を重視するシーパワー、それに宗教で連帯するイスラム原理主義に分類し、その歴史的な成り立ちと現在の戦略について地政学の観点から解説している。

 略歴によると著者は防衛庁防衛研修所で東アジア(特に朝鮮半島問題)を研究した後、現在は拓殖大学教授で東北アジア国際戦略研究所客員研究員。まだその分野の重要性が世間に認知される以前からの専門家のようだ。国際会議にも多数参加しており、興味深いエピソードが盛り込まれている。

 出版が2015年であるため本書で一章割いて解説されている韓国はその後大統領が失脚しており、戦略もある程度変わったように見られる。またアメリカはオバマ大統領からトランプ大統領になって内向きの政策に変わったし、イギリスもEU離脱が決まってまた内向きになっている。本書執筆当初以降も世界は目まぐるしく変わっていると言えるだろう。

 そして変わらないのはロシアと中国という、ユーラシア大陸のランドパワー国家だ。これらの国は事実上の独裁国家であるため、ある意味政府の自由度が高く、物事を大胆に進めていくことができる。こういう国に民主主義国が対抗するのはかなり苦労も多いが、一応日米などはなんとか頑張っているようだ。

 日本の役割と可能性については、日本人研究者による分析と提言は色々差し引いて受け止める必要があるが、中国と太平洋の間に挟まれているという地政学的位置は揺るぎない。いくらインターネットが繋がり飛行機が一日で地球を一周できるようになっても、国土の地理的条件から自由にはなれない。これからもこういう観点で情勢を見ていく必要はなくならないだろう。

2018年3月5日

読書状況 読み終わった [2018年3月4日]

 コンピュータとインターネットが広く普及したことで、それを利用した犯罪も増加した。特にインターネット上にある情報を盗んだり破壊したりする行為はサイバー攻撃と呼ばれている。攻撃を受ける原因となる「脆弱性」の仕組みを解説している。

 具体的には「バッファオーバーフロー」「文字列の整形機能」「クロスサイト・スクリプティング」「SQLインジェクション」が取り上げられる他、サイバー攻撃の社会的な位置付けについても触れている。基本的な話からある程度踏み込んだ内容まで一気に進められるので、最初はだいたい知ってる話なのだが、漫然と読んでいると突然置いていかれるので気が抜けない。

 あくまでも初心者向けの本ではあるが説明に無駄がなく、分量の割に内容は詰まっている印象だ。実際の対策を行う技術者になるにはこのレベルの勉強では不足だと思うが、一般ユーザーとして理解しておくべき内容としては十分だろう。

2018年3月3日

読書状況 読み終わった [2018年3月2日]

 「相続税の申告件数日本一」という著者が遺産相続の心得について語る。相続税対策といったノウハウよりも、兄弟が見苦しく争うようなことにならないための準備や配慮のポイントに重点が置かれている。いつかは親が亡くなる日が来るし、自分が死ぬ日も来る。不謹慎などと言わずに準備しておくべきだろう。

 タイトルには「親が」とあるが、両親だけでなく配偶者や祖父母、子供が死んだ時にも遺産相続は発生する。骨肉の争いが生じるのは大金持ちの一族だけではない。本書によれば相続が家庭裁判所に持ち込まれた案件の4分の3は、相続税がかからない額(5千万円以下)を巡るものだそうだ。

 いざ相続が発生した場合に最初にやるべきこととして「相続人は誰なのか」「相続の対象となる財産は何なのか」を明確にすることが挙げられている。しかし何より重要なのは普段からのコミュニケーションと気遣いであるという点が繰り返し語られており、耳が痛い。

 なお、本書は2012年に出版されているが、その前年に決まった税制改正により、相続税は2015年から大幅に変わっている。その改正点は本書でも予定として書かれているが、細かい改正は毎年のように行われているようなので、知識の更新が必要だ。

2018年2月25日

読書状況 読み終わった [2018年2月24日]

 いわゆる雑学本の一種で、世界各国の国境について面白いエピソードを紹介している。必ずしも奇妙というわけではない。大半はタイトル通り国境線の話だが、マルタ騎士団国やクルド人居住区のように国家そのものの成り立ちが特殊な話も出てくる。

 国境が奇妙な場所というのは往々にして何らかの紛争を抱えているもので、ただ面白い話として受け止めるのはよくないかもしれない。こういう本に書かれている内容は不正確な場合もあるので細かい点まで鵜呑みにはできないが、問題があるという認識はした方がいいと思う。

 日本に関しては竹島と尖閣諸島が出てくるが、スプラトリー諸島にも関係している。今まさに紛争が起きようとしている領域に過去の日本がどう関与したかは、日本人として知っておくべきだろう。ただ本書の記述はあっさりしすぎており、勉強用にはお勧めできない。

2018年2月24日

読書状況 読み終わった [2018年2月18日]

 人間原理(Anthropic Principle)は、「宇宙がなぜこのような宇宙であるのかを理解するためには、われわれ人間が現に存在しているという事実を考慮に入れなければならない」というものだ(本書まえがきより)。

 「宇宙がなぜこのような宇宙であるのか」とは、簡単に言えば物理定数がその値になっている理由を問うている。例えば光の速度は秒速約30万kmだが、なぜ10万でも1億でもなく30万なのか。同じように、重力定数や陽子の質量など様々な定数についても、値を実験的に求めることはできるが、なぜその値なのか理由がわからない。それに答えようとしているのが人間原理だ。

 物理定数が少しでも違う値だったら、人間が生まれてくることはなかった。人間原理は「神が人間を創るためにこの値にした」と言ってるように見える。物理学の法則は人間とは無関係に決まっているという従来の考え方からすると、人間原理は宗教的な匂いがする。私が最初にその概念を聞いた時の印象は、なんだか胡散臭いな、オカルトっぽいなというものだった。

 本書の著者も同じ印象を持っていたそうだが、著者と違って私はそれ以降真面目に学ぶこともなかったのでその認識のままだった。本書を読んで概ね誤解が解けたと思われる。

 ネタバレに近いが結論だけ言ってしまうと、「物理定数の値は色々ありえて、たまたま私たちはこの値の宇宙に住んでいるだけ」「他の値になっている数多くの宇宙が、この宇宙とは別に存在している」ということになる。

 宇宙がこの宇宙ひとつしかなければ、物理定数の値は必然性が求められる。しかし多数の宇宙の中のひとつに過ぎないなら、「たまたま」であっても良いのだ。そして、この宇宙には人間がいる。たまたま人間が存在できるような値を持つ宇宙だったから人間が生まれたのだと考えることができる。ある意味、疑問そのものを解消するような概念だ。

 最初に人間原理と聞いた時の印象とはだいぶ違うが、それなりに納得できる話だろう。現在は観測不可能だが、いつか、他の宇宙の存在が確認されるかもしれない。広い宇宙は思っていたよりもっと広くて、人間はますます偶然の産物に過ぎない。科学はどんどん人間をちっぽけなものにしていくが、その分世界が広くなっていくのが楽しい。

2018年2月24日

読書状況 読み終わった [2018年2月15日]

 本書の冒頭でかなりの分量を割いて語られているように、南京事件(あるいは南京大虐殺、中国語で言えば南京大屠殺)はやっかいなテーマだ。どんなに客観的事実を調査して伝えようとしても、双方から矢が飛んでくると言う。単なる歴史的事件という以上の意味が付与されてしまっている。

 本書はドキュメンタリーであるが「南京事件のドキュメンタリー」ではなく、「南京事件を調査報道したジャーナリストのドキュメンタリー」だ。シンプルに南京事件に関する情報を得たい人には合わないだろう。本文五章および終章から成るが、五章と終章は南京事件とは直接関係のない、著者の個人的な想いが語られている。

 どこからどこまでが真相か、それはあえて語るまい。ただ我々が胸に手を当てて自問すべきことがある。もし自分が兵士として戦場にあり、非武装の捕虜や民間人を前にして「あいつらを殺せ」と上官に命じられ、拒否すれば自分が銃殺されるかもしれない時に、拒否できるかどうか。

 多分、ほとんどの人は拒否できないだろう。私も拒否する自信はない。それでも、拒否すべきことがあるはずだ。それだけは忘れないようにしたい。

2018年2月14日

読書状況 読み終わった [2018年2月13日]

 最近の研究で、鳥が恐竜の直系子孫であることがほぼ確実視されるようになっているそうだ。タイトル通り著者は鳥類学者だが、鳥類より恐竜の方が人気があることからこんな本を思いついたらしい。化石から推測される恐竜の生態と現在の鳥類の観察結果を繋げながら、どのように進化が起こったか考察している。

 2013年に出版された『ノンフィクションはこれを読め!2013』で、成毛眞氏がおすすめNo.1と紹介している。先日読んだ『バッタを倒しにアフリカへ』の著者が書いた『孤独なバッタが群れるとき』も紹介されているが、いずれも軽いノリの文体であり、学術漫談とでもいうべきジャンルが生まれつつあるのかもしれない。

 内容的には学者による一般人への啓蒙書であり、盛り込まれた情報はそれなりに豊富だ。ただし軽い文体のため密度が薄まっている印象は否めない。理系の学者らしい整然とした文体を好む読者であれば、ちょっとまどろっこしく感じるかもしれない。最後の方は著者の空想が延々語られているような部分もあり、これは蛇足に感じられた。

2018年2月12日

読書状況 読み終わった [2018年2月11日]

 少子高齢化が喫緊の課題となっている日本において、結婚のあり方は国家的な問題と言えるだろう。しかし同時にそれは極めて私的な領域であり、国家権力がこうしろと国民に強いることはできない。国家はあくまでも法律や制度によってお膳立てをするだけだ。では、どのような法律や制度にすれば望ましい結果を得られるだろうか。

 本書は日本だけでなく欧米も含めて家族のありかたが何によってどう変遷したかを分析し、今後について検討している。ただし明確な提言などはない。これまでの制度が実状に合わなくなっていることだけが示され、次のステップについては模索を続けるだけのまとめ方になっている。

 しばしば「伝統的」と言われる家族像が実際は近代以降あるいは20世紀後半にのみ成立したものに過ぎないこと、共働きの一般化と家事分業の手段などが新しい格差や不平等を生んでいること、結婚相手の選び方の多様化が必ずしも平等な社会に繋がらないことなどは、議論の前提として理解しておく必要があると感じられた。

2018年2月10日

読書状況 読み終わった [2018年2月10日]

 中国(中華人民共和国)の政治の首都は北京だが、経済的には上海が首都と言っても過言ではない。日本における東京ほど一極集中ではないが、序列を付けるなら間違いなく一番になるだろう。上海生まれの中国人は、自分が「上海人」であることに強烈な自負を抱いている人が多く、他の地域から上海に来た中国人に対して謎の優越感を持っていたりする。

 ウン千年の歴史の中で一度も王朝の首都になったことのない上海が、なぜ今の地位を得たのか。それはかつてここに租界があったからだ。本書の副題にある百年というのはかなり正確な数字で、イギリスが最初に租界を作った1845年から日本が撤退する1945年までのちょうど100年間、上海は外国人が支配する街だった。

 租界には中国(清)の統治が及ばず、だからと言って英米仏の本国政府が真剣に統治するわけでもなかったため、租界は一種の自治区となり、様々な事情を抱える人々が世界から集まってきたようだ。「魔都」と呼ばれたその怪しげな雰囲気は、そういう人々が作り出したのだろう。本書はそんな上海の歴史を、イギリス人、アメリカ人、ロシア人、日本人、ユダヤ人、中国人の視点から解説している。

 ただ商売するだけだったイギリス人やアメリカ人と違い、革命から逃れてきたロシア人やナチスから逃れてきたユダヤ人は、上海に華やかな文化芸術をもたらしたという話などは大変興味深い。

 やがて日本が進出して上海も占領下に置かれると、敵国人である英米人は去り、最後に日本が敗戦して撤退すると、上海は100年ぶりに中国人の街に戻ることになる。それから現在までの70年余りの期間はまた別の波乱があったようだが、それはまた別の物語となる。

 私が上海に住んで一年半余りだが、かつて日本人が多く住んでいたというエリアには行ったことがなかった。もうその時代の面影など残っているはずもないが、道だけは当時とあまり変わっていないようなので、一度くらい歩いてみようと思う。

2018年2月9日

読書状況 読み終わった [2018年2月7日]

 タイトルには「失敗」とあるが、むしろ「想定外」とか「行き当たりばったり」とかの方がふさわしいだろう。骨は元々リン酸カルシウムの貯蔵のために生まれたものが体を支える構造になったとか、肺は浮き袋から進化して呼吸器官になったとか。人間の体については二足歩行と脳の大型化を支えるため、骨格や心肺系がかなり大胆に「設計変更」されたという話だ。

 インテリジェントデザイン仮説を皮肉たっぷりに否定する本とでも言えようか。生物の構造は白紙から創造されたのではなく、常に祖先の体をベースに少しずつ修正してきたものだ。現代に生きる人間や動物の体は、何百万年、何億年という歳月をかけて、様々な環境適応と生存戦略が進められてきたことを示している。

 獣医師である著者の本業は東京大学総合研究博物館の教授で、遺体の解剖を通して動物の進化の謎を追っている。私たちが何気なく目にしている解剖図や進化系統図は、こういった研究者の地道な努力の積み重ねで得られた成果と言えるだろう。あまり馴染みのない仕事だが、だからこそ一般向けにこういった本を書いて啓発に努めているようだ。

 意外と長い終章とあとがきでは、今の日本の公的研究のあり方への不満が切々と語られている。大学が利益重視になってしまったらどれほど文化が損なわれるか、すでに悪しき風潮がはびこっている中で何とか良い方向に活動しようとする著者の思いの強さが伝わってきた。

2018年2月5日

読書状況 読み終わった [2018年2月4日]
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