本書は内田樹が「大学生が読んでおくといい本」として紹介していた数冊の中の一冊。残念ながら大学生からはほど遠い歳になってしまったが、大学生のような気持ちで読んでみようと思った。

 著者は小説家であると同時にランナーであり、何度もフルマラソンを完走し、100kmを走るウルトラマラソンやトライアスロンにも出場していると言う。1kmでも走る気にならない自分としてはまったく理解できない世界だが、ランナーズハイなどという言葉もあるので、ある程度のレベルになれば気持ちいいのだろう。

 走り始めた動機といくつかのレースにまつわるエピソード、そして走り続ける理由が淡々と語られる。実は村上春樹の小説は一冊も読んだことがないが、その特徴的な文体はよくパロディにされるので見覚えがある。スルスルと読めて、著者の気持ちに入り込めた。

 内田樹がなぜ本書を推奨したのかはよくわからなかった。

2018年8月11日

読書状況 読み終わった [2018年8月9日]

 20世紀のエネルギー供給は中東の石油が圧倒的に主役だったが、21世紀になって天然ガスやシェールオイル、再生可能エネルギーなどの台頭で調達先や流通ルートが大きく変わり、まさに大転換と言える状況が生まれている。本書はその歴史と最前線をなぞり、資源を持たない日本のエネルギー政策のあり方を検討している。

 技術的な側面と政治的な側面が交錯するエネルギーの世界がドキュメンタリー的に描かれており、読み物として興味深かった。

 書籍タイトルには「終わり」とあるが、実際は他のエネルギー源が増えても石油がすぐに使われなくなるわけではない、というのが多くの専門機関の一致した予想だという。少なくとも21世紀の中頃までは石油の需要は増加するので、どこからどのように調達するかが各国のエネルギー政策において重要事項であることは変わらない。

 21世紀の後半に主流となるエネルギーは低炭素という条件が重要になるが、日本で温暖化対策として期待されてきた原子力は、言うまでもなく2011年の福島第一原発の事故により手痛い打撃を受けた。今ある施設を再稼働させるだけならともかく、新設することはもう難しいだろう。

 その結果注目されるようになった太陽光などの再生可能エネルギーも、まだまだ主役になるには時間がかかりそうだ。すべての条件を満たすエネルギー源は存在しないので、最適なミックスの方法を見つけることが重要だと著者は結論づけている。多くのプレイヤーの思惑と利害が絡み合う世界で、日本の指導者はどのように判断を下していくだろうか。

2018年8月10日

読書状況 読み終わった [2018年8月8日]

 栄枯盛衰、華々しく繁栄した大国もいずれ衰退や滅亡に向かうことが多い。しかし衰退の原因はよく言われる外敵の侵略やライバルの台頭など外部要因ではなく、主に経済政策や制度の問題で内部から崩壊していくものである、というのが著者らの主張だ。

 例として取り上げられているのは、ローマ帝国、中国の明、スペイン帝国、日本、大英帝国、カリフォルニア。それらを踏まえて米国の状況を考察し、米国が衰退を防ぐための制度改善を提言している。最初の二つ以外は滅亡した訳ではなく、衰退したかどうかもまだ明確でなかったりするが、ピークを過ぎている点で同列に扱われている。

 本書の主題は結局、米国の経済政策と民主制のあり方に対する著者らの主張であって、過去の大国の衰退ストーリーはそれを裏付けるものとして例示されているに過ぎない。残念なことに日本も衰退した国のひとつに挙げられているが、改善提案はあくまでも米国向けのものだ。米国の歴史と現行制度に細かく立ち入りすぎており、他国の参考にはならないと思われる。

 著者らがどの程度著名な経済学者なのか知らないが、対立する主張を唱える学者も多数取り上げられていることから、本書の主張がそのまま現在の定説というわけではなさそうだ(そもそも経済学に定説があるのかどうかも疑問だが)。こういう考え方もあるという程度に理解しておくのが妥当だろう。

2018年8月7日

読書状況 読み終わった [2018年8月6日]

 中国の小説家である魯迅が1921年から22年にかけて新聞に連載した小説。魯迅が東北大学留学中に見た映画がきっかけで構想されたという話もあることから、なんとなく縁を感じて読んでみることにした。

 中国と言っても中華民国時代の作品だが、毛沢東がしばしば引用したとも言われる。阿Qのような底辺の労働者でも革命思想を持てるということのようだが、作品で描かれる阿Qは革命の意味など何も理解していない無知蒙昧な輩でしかない。彼のようになれというより、彼のような者でも受け入れようということだろうか。

 思ったよりずっと短く、あっという間に読み終えてしまったので拍子抜けした。

2018年7月31日

読書状況 読み終わった [2018年7月29日]

 主人公の女性は何年も前に別れた男のことを忘れられないまま別の男と暮らしているが、さらに別の男と知り合って不倫関係になっていくという展開で、恋愛ミステリーというあまり読んだことのないタイプの小説で少々とまどったが、悪くはない。

 登場人物の精神がことごとく歪んでいて、物語もどんどんドロドロしてくる。実生活では関わりたくない人々だが、そういうのが好きな人には良いのだろう。主人公女性の視点で語られるのだが、この人自身がどこか心を病んでいることが少しずつ分かってくると、何が真実で何が妄想か曖昧になってくる。擬似的にメンヘラの気持ちになってみられるということか。

 どうしようもないダメ男のように描かれている人物が実は一番良い人のように途中から感じられた。自分はそこまでダメじゃないと思うが、彼のような人生も案外悪くないかもしれない。ダメ男だけど。

2018年7月25日

読書状況 読み終わった [2018年7月22日]

 他人の成功体験を真似しても成功するとは限らないが、失敗を真似すれば大体失敗するだろう。そこで最近は失敗学などという分野もできて、様々な失敗体験がまとめられている。本書は2016年に書かれた比較的新しい本だが、多分この分野の代表的な一冊になると確信するほど良い本なので、多くの人に読んでもらいたい。

 本書は「失敗する理由」よりも「失敗から学べない理由」を中心に考察している。著者によれば、失敗から学べないのは特定の個人の資質によるのではなく、ほとんどの人が普遍的に持っている傾向による。だからそれを打破するためには、そのことをきちんと自覚し、意識的に変えていく必要がある。変えるのは簡単ではないが、変えられないわけではない。

 紹介されているエピソードの中には、信じられないくらい「学ばない人」「認めようとしない人」が出てくるが、他人から見た時に自分がそうなっていないか、常に振り返る姿勢を持ちたいと思う。

2018年7月21日

読書状況 読み終わった [2018年7月13日]

 ドクター伊良部シリーズの三冊目。「オーナー」「アンポンマン」「カリスマ稼業」「町長選挙」の五作を収録。最終話の発表からすでに10年以上経っているので、これが最終巻だろう。

 最終話は珍しく伊良部とマユミが病院を出て離島で“活躍”する。最初はただの飾りに過ぎなかったお色気看護部のマユミが、どんどんキャラ立ちして重要な役割を担うようになっているのが面白い。この人を主人公にしたスピンアウト作品があっても良さそうだが、あるのだろうか。

 一冊目が各種の症例、二冊目は職業をテーマにしているようだったが、三冊目では実在の人物をモデルにした作品が続く。具体名は挙げないが、あからさまに誰をモデルにしているかわかる人物描写なので、クレームがつかなかったか心配だ。ただ実際、モデルになった人々は多かれ少なかれこういう病的な面はあるだろうと思う。あんな立場で日々暮らしていたら、正気ではいられないだろうから。

2018年7月8日

読書状況 読み終わった [2018年7月6日]

 ひらたく言えばスピーチ技術のノウハウ本。実際のアメリカ大統領の演説を分析し、そこで使われている技術を解説している。大統領になるためには有権者に選ばれる必要があり、そのためにスピーチは非常に重要だ。だから歴史に残る名スピーチが数多く残されている。

 日本の場合、首相は国民の直接選挙ではなく、基本的に与党の党首が選ばれるものなので、そこでスピーチ技術は必要とされない。選挙以外の場でも、スピーチの技巧によって評価が決まることは多くない。日本に名スピーチが少ないのは多分そのためだろう。

 ヒトラーが演説の名手だったことからも、時としてうますぎるスピーチは間違った方向に扇動する危険もある。スピーチを重視することが一概に良いとも言えない。とはいえ、自分が技術を身に付けることにデメリットは少ない。

 本書で取り上げられているスピーチはそれぞれ劇的な背景を持っており、並の人ではそこでスピーチすることにはならない。ちょっとした式典や冠婚葬祭の挨拶程度に活用できるかどうかは微妙だが、読み物としては面白かった。

2018年7月4日

読書状況 読み終わった [2018年7月4日]

 2017年1月14日に放送されたNHKスペシャル「MEGA CRISIS 巨大危機 脅威と闘う者たち 第3集 ウイルス“大感染時代” ~忍び寄るパンデミック~」を書籍化したもの。制作者が何を考え、取材をどのように進めたかといった舞台裏の話も出てくるが、基本的には番組の内容を書籍にしたものと考えて良いと思われる。

 新型インフルエンザなど大半の人が免疫を持っていない感染症が急激に広まった場合、対策を怠れば何十万人という犠牲者が出る可能性がある。日本は島国で比較的安全と思われがちだが、人や物の往来はこの数十年で激増しており、遠くアフリカや南米で発生した新型感染症がいきなり日本に持ち込まれることもありえる。飛行機が地球を半周するのに1日とかからないし、たった一人の感染者からあっという間に広がるのがパンデミックの怖いところだ。

 本書が指摘するリスクにおいて重要なのは、日本人の危機意識が低すぎるという点だろう。2003年SARS流行や2009年の新型インフルエンザ流行の際は、医療関係者や政府が適切に対応したことや多くの人がマスクをするなど対策を取ったことで、日本国内の被害はわずかに抑えられた。しかしその結果「騒いだ割にはたいしたことがなかった」という印象を持ってしまった人も少なくないだろう。この慢心が次のパンでミックで命取りになる危険があるということだ。

 とは言っても日本人の行動パターンからすれば、よくわからないものに対しては過剰なまでに反応するので、それほど心配ないのではないかと思われる。新型インフルエンザ流行の時は大阪にいたが、電車でマスクをしてない奴は非国民といわんばかりの圧力があった。将来またワクチンも治療法もないウイルスが発生した!と聞けば、やはりそういう反応になるだろうと思う。右へならえ体質が染み付いた日本人の習性は、そういう時に真価を発揮するだろう。

2018年7月2日

読書状況 読み終わった [2018年6月30日]

 『イン・ザ・プール』に続くドクター伊良部シリーズの二作目。「空中ブランコ」「ハリネズミ」「義父のヅラ」「ホットコーナー」「女流作家」の5篇を収録。主人公がなんらかの原因で精神的に不調となり、伊良部総合病院の神経科を訪れる。治療なのか趣味なのかわからない伊良部の診察に困惑しながら付き合ううちに、何かが変わってくる‥‥というパターンは変わらない。

 前作では患者の多様な症状に焦点が当てられていたのに対し、今作ではそれぞれの職業が特徴的だ。それぞれ、サーカス団員、ヤクザ、大学教授、プロ野球選手、小説家。小説家の話に出てくるエピソードはもしかすると作者本人の経験かもしれないなどと想像したり。

 病気の話なのに結局病気は治らない場合が多いのも不思議なシリーズだが、心の病というのはそういうものなのだろう。

2018年7月1日

読書状況 読み終わった [2018年6月29日]

 NHKスペシャルが『電子立国 日本の自叙伝』を放映したのは1991年。振り返ってみればバブルの絶頂期であり、今にして思えば夜郎自大な自画自賛に過ぎなかったかもしれない。日本の電子産業はすでに1985年をピークに凋落を始めていて、今や見る影もない。本書はその原因を厳しく分析している。

 詳細はここで述べないが、おおまかに言えば以下のような結論となっている。まず戦後から80年代までは東西冷戦が背景にあり、日本を西側陣営の一員として育てるべく配慮した米国の経済政策によって、日本の経済発展がお膳立てされていた。しかし冷静構造が消滅すると一転して米国は日本を潰しにかかった。そして21世紀に入ると、世界的に進んだ製造業の構造変化に対応しなかったことによって、日本の電子産業はほぼ消滅することになった。

 政治的な影響についてはある程度仕方のないことかもしれないが、近年いわゆるイノベーションが進められなかった点は完全に自業自得の戦略ミスだろう。ものづくり神話にしがみついて水平分業ができないでいることは以前から指摘されていた。著者は相当前から主張していたらしく、本書の後半には「だから言っただろ」的な恨み節まで見受けられる。

 今後どうするのか…と言いたいが時すでに遅し。日本の電子産業はほとんどが消滅したり身売りしたりして、もはや再起不能だ。自動車や家電はまだ残っているが、同様なことが起こらない保証はない。失敗したという事実を謙虚に受け止め、せめて他の産業で繰り返さないよう教訓を残すべきだ。

2018年6月24日

読書状況 読み終わった [2018年6月23日]

 1989年6月4日、民主化を要求して天安門広場に集まった学生たちを、人民解放軍が戦車まで使って武力鎮圧した。犠牲者の正確な数は不明だが、巻き込まれた一般市民を含め一万人に達するいう説もある。29年経った現在も中国ではタブーとなっており、中国内では公然と議論することが許されない。本書は日本人ジャーナリストが多数の関係者にインタビューした上で、あの事件は何だったのか考察している。

 民主化活動はそこで頓挫したので、その後の中国の政治体制は今も変わらないが、経済面では明らかに発展している。だから活動に対する評価は様々であり、関係者たちの現在も各人各様だ。今も同じ志を抱き続けている人と、すっかり転向した人。ビジネスで成功した人と、極貧の中にある人。中国に住み続けている人と、国を出た人。どの人の言葉からも重みを感じた。

 本書でも少し触れられているが、六四天安門事件は日本の全共闘世代の学生運動に似ていると言われる。日本で武力鎮圧は無かったけれど、エリートである大学生が政府に反発して起こした点や、政治的には何の成果も得られなかったこと、それでも国は発展を遂げ、多くの参加者が転向していったことなどは共通している。

 学生たちが本当に求めていたのは民主化ではなく自由と豊かさだったという指摘がある。中国は共産党独裁のまま、自由は得られずとも豊かさは手に入った。政治の目的が国民を幸福にすることで、国民の幸福がほぼ経済発展に比例すると考えると、最近の日本の政治が必ずしも中国より高い成果を上げていないのはどういうことだろう。

 民主主義は本当に良いものなのか、今後どうしていくのか。私たち日本人もまた、じっくり考える時期に来ている気がする。

2018年6月23日

読書状況 読み終わった [2018年6月18日]

 2017年公開の映画「メッセージ」の原作になったSF小説。映画は観ておらず、また伝え聞く限り映画は小説度かなり異なっているようだが、小説として非常に興味深いものだった。表題作を含む8作品の短編集で、それぞれがまったく違う趣きを持っている。

 SF小説と言えばジュール・ベルヌに始まりアイザック・アシモフやロバート・A・ハインラインなどが非常に有名だが、彼らの作品とはかなり異なる。古典的なSFは現実の科学技術を延長した先を想像して書かれているのが普通だが、本作は我々の科学とは異なる世界の科学だ。

 例えば呪術が実在し、それを探求する科学者の話。天使の降臨がしばしば起こり、それを受け入れる人々の話。これをSFと読んでいいのか悩ましいほどだが、小説として読んでいる時の面白さは確かにSF小説のそれだ。

 ある意味、まだこういう手法があったのかと驚かされた。この方向性で面白い小説を書くには相当な力量が必要だと思うが、期待したい。

2018年6月17日

読書状況 読み終わった [2018年6月17日]

 私自身が海外駐在という一種の外国人労働者なのだが、逆に海外から日本に来て働いている人々も100万人を超えているという。そんな、日本で働く外国人労働者がどんな状況に置かれているかを紹介し、今後どのように彼らを扱っていくべきか考察する。

 技能実習生という制度を悪用して外国人を奴隷のようにこきつかっている経営者の話は、読んでいて実に腹立たしくなる。しかし、彼らの低賃金労働によって生産される安い商品を買っているなら、消費者である我々もまた同罪ではないだろうか。いわゆる「フェアトレード」は海外生産品に対してだけでなく、国産品についても考えるべき時代が来ている。

 そして、低賃金でなくても人手不足を補うために外国人労働者が必要になるなら、彼らに対する処遇は日本人以上に気を遣うべきだと思う。故郷や家族から遠く離れて、言葉も文化も違う国で働くのは、それだけでも大変なことなのに、しかも将来の保証もないのだから。

 まさに今、国会でもこの分野の法改正が論じられている。日本の人口が減って行く時代の始まりを生きる我々には、新しい労働環境を創造する責任があると感じる。

2018年6月16日

読書状況 読み終わった [2018年6月11日]

 世界システム論とは、世界を独立した国々の集合体と見るのではなく、全体が繋がったひとつのシステムと捉える考え方だ。その上で、近代以降においてなぜ中華文明圏やイスラム文明圏ではなくヨーロッパ文明圏が世界全体を支配するようになったか、オランダやイギリスと言った各時代の覇権国家がどのように成立し衰退していったか、等について説明している。

 いわゆる先進国と後進国で経済発展に差がついた理由については、前者の国民が後者の国民より優れていたとか努力したとかいうわけではなく、ひとつのシステムの中である部分が発展するためには別の部分の発展が抑えられるという仕組みによるものだと位置付けている。ありていに言えば、ヨーロッパはアジア・アフリカと競争して勝ったのではなく、アジア・アフリカを踏み台にして稼いだということだ。まあ、それはそうだろう。

 放送大学の教科書として書かれたものを一般向けに書籍化した本。1章が1回分と思われる量なので読み進めやすかった。こういう本が他にもあれば読んでみたい。

2018年6月13日

読書状況 読み終わった [2018年6月4日]

 着ると姿が見えなくなる「透明マント」をテーマに、そのアイデアの発祥から現代の研究までを通史的に紹介している。透明マントと言えば私は攻殻機動隊の光学迷彩を思い浮かべるが、各地の神話や昔話にも登場する普遍的なアイデアだったようだ。もちろんそれはフィクションに過ぎないわけだが、近年、実際にそれを作ることに繋がる研究が進んでるという。

 著者はこういった本を書くのは初めてとのことで、取り上げられるのは割と雑多なエピソードの寄せ集め感があるが、最終的には収束していく。ハデスの兜などの古典、H.G.ウェルズのSF小説、生物の擬態、映像技術、目の錯覚、ステルス技術、負の屈折率、曲がった空間、等々。

 現時点では特定の電磁波に対して特定の方向から観察した時に透明化するというだけで、人間の眼で見えなくなる透明マントの実現はかなり先になるだろう。しかしこういう研究はなにかのきっかけで急に進展したりするので、侮れない。

 気がかりなのは、透明マントが実現したらどう使われるかという点だ。正直、思いつく用途は軍事目的と犯罪がほとんどではないだろうか。実現する前にその点をよく検討してほしいと思う。

2018年6月3日

読書状況 読み終わった [2018年5月30日]

 先日読んだ『恐怖の哲学』と同様に心の仕組みを解明する取り組みについて紹介している。本書の場合は視覚のメカニズムに絞って解説しているが、哲学的な考察はほとんどなく、脳生理学の研究成果を示している。

 本書の原書が書かれたのは2007年で『恐怖の哲学』より古いので、当然だがやはり「ハード・プロブレム」と呼ばれる問題、つまり心とか意識がどのような物理的実体に基いているかという点は未解明だ。また、書かれてから10年以上経っているので、恐らくその間にも新たな知見は得られているのだろう。さらに10年後くらいになれば、いよいよハード・プロブレムが解決しているかもしれない。私はこの分野の専門家ではないけれど、人間の本質に関わる研究はドキドキさせられる。

 あとがきで少し印象的なエピソードが出てくる。それは、心は脳に宿ると考えている脳科学者でも、路傍の石仏に心があるように感じて、祈ることがあるという話だ。私も祈ることがある。この気持ちの意味はまた、別の考察になることだろう。

2018年5月17日

読書状況 読み終わった [2018年5月16日]

 2015年に巨額の粉飾決算が明らかになった東芝は、決算報告が出せないという異例の事態に陥った。「チャレンジ」という言葉で無理な予算達成が要求された結果、次第に違法またはグレーな手法で利益を生み出すようになっていたことが原因とされている。本書は、無理な要求をした経営者と、不正な手段を考案した担当者の両方について、豊富な資料とインタビューから内情を描いている。

 具体的な個人名を挙げてその人柄まで踏み込んだ記述は生々しい。1996年に社長に就任した西村泰三から現在の綱川智まで7代の社長が登場するが、著者の評価はいずれも非常に厳しく、「名誉欲は人一倍強かった」「マスコミ受けするスタンドプレーを好んだ」「所詮社長の器ではなかった」などの辛辣な言葉が並ぶ。直接インタビューした相手をこうまで書いて、しかも恐らく本人も読むであろうことを考えると、すごい度胸だと思う。

 東芝ほどの大企業・名門企業の社長ともなれば相当の人物のはずだが、本書で描かれた内幕は実に見苦しい話が多い。こんな人の下では働きたくないと感じるエピソードが多数出てくるが、東芝の一般社員が読んだらどんな気分になるだろうかと同情する。

2018年5月5日

読書状況 読み終わった [2018年5月4日]

 デブでマザコンの精神科医が様々な精神疾患の患者を診るという短編集。どう見ても立派ではない彼の振る舞いに患者が翻弄されるのだが、最後はそれなりに解決していく。毎回同じ登場人物は医者と看護婦だが、常に患者側の視点で語られるという点が特徴的。

 米原万里の『打ちのめされるようなすごい本』で紹介されていた、ドクター伊良部シリーズの一作目。Kindleの文春祭りで半額(半額分のポイント還元)になっていたので読んでみた。米原氏は絶賛と言って良い評価だったので期待して読んだが、そこまで絶賛するほどか?という感想。と言っても面白くないわけではないので、続編の2冊も購入した。

2018年5月5日

読書状況 読み終わった [2018年5月1日]

 恐怖はなんらかの危険にさらされた時に抱く感情であり、通常は不快感を伴う。ではなぜホラーが娯楽として成り立つのか? ホラー映画の中の怪物は実在していないと知っているにも関わらず恐怖が生じるのはなぜか? 恐怖を感じているにも関わらず映画館から飛び出したりしないのはなぜか? 本書はこういった恐怖感情とホラー映画にまつわる疑問点をきっかけに、人間の感情や情動がどのように生じるかの解明を試みている。

 著者の専門は医学や生物学ではなく哲学だ。奥付によると科学哲学というジャンルらしい。科学哲学とは何か説明されてはいないが、あとがきで著者は「哲学は生物学や脳科学とシームレスにつながるべきだ」と主張している。そのため本書も最初のうちは哲学的な議論からスタートするが、最終的には脳内の情報処理の仕組みなど脳科学面の考察に到る。

 この分野の書籍としては『脳からみた心』(山鳥重)、『人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか』(池上高志・石黒浩著)を最近読んだが、『脳からみた心』は脳科学からのアプローチ、『人間と機械のあいだ』は哲学的アプローチがメインだった。本書はその中間位置か、統合的なアプローチと言えるだろう。

 そういう点では面白いが、最終的な結論はどちらの方向からも中途半端になっている気がした。統合的というより総花的。また、素人向けを意識しすぎたのか文体があまりに口語的になっている。教室で講義を聞くならこのくらいがいいかもしれないが、本として読むにはまどろっこしい。

2018年5月5日

読書状況 読み終わった [2018年4月30日]

 明治から昭和初期に書かれた日本の有名な文学作品を原作として、すべて現代の京都の大学生を主人公に翻案した作品集。文体や展開は模倣しながらも、しっかり「森見ワールド」に落とし込まれている。プロの物書きとはこういう芸当ができるものなのかと感服した。

 取り上げられた原作は以下の五作品。いずれも原作は著作権が切れて青空文庫に収録されている。最初の三作は既読だったが後の二作は未読だったので、入手して先に読んでから森見版を読んだ。ついでに既読の三作も読み直してみた。

『山月記』中島敦・1942年
『藪の中』芥川龍之介・1922年
『走れメロス』太宰治・1940年
『桜の森の満開の下』坂口安吾・1947年
『百物語』森鴎外・1911年

 原作も森見版も、なんとなくのどかな空気が流れている。内容的には殺人事件があったり人生が破綻したりして必ずしものどかとは限らないのだが、古き良き時代のおおらかな香りが漂う印象だ。

 森見版の場合もまだ携帯やネットが普及してなかった昭和後半あるいは平成初期のイメージ。平成初期なら私自身の学生時代と重なるのだが、ダメ学生のメンタリティはだいたいこんなものだった気がする。

2018年4月18日

読書状況 読み終わった [2018年4月14日]

 1953年に書かれたSF作品。本が禁制品となったアメリカで、本を焼くことを仕事とする主人公が、ある日不思議な少女に出会って人生が変わることになるという、ディストピア小説。

 かなり有名な作品だが、SFとしてもメッセージ作としても中途半端な印象を受けた。ジョージ・オーウェルの『一九八四年』にも通じる設定だが、展開はそちらほど明瞭ではない。アメリカではかなり重要な作品として位置付けられているそうだが、扱っているテーマが読書という行為に直結したものであるおかげではなかろうか。

 想像上の未来世界を舞台とするこの作品の中に、なんらかの形で現代社会への警鐘や皮肉を見出すことは可能だろう。実際、ここに登場する「本を読まない人々」の描写はある意味現代人を象徴している。ただ、それ以上のものは感じられなかった。

 書かれてから65年を経た今、社会はおそらく作者の想像以上に変わった。インターネットと電子書籍の登場で、本を燃やすという行為は無意味になりつつあるが、この時代にはこの時代なりの焚書の姿があるだろう。私たちがディストピアを逃れたわけでないという気持ちは最近強まっている。

2018年4月9日

読書状況 読み終わった [2018年4月8日]

 ウェーバーの代表的著作と言えば『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が挙げられる。一度は読もうとしたのだが、一割も進まないうちに挫折してしまった。通読すらできなかった理由のひとつは文体が古めかしくまわりくどいため理解しづらかったことだが、もっと大きな理由は、20世紀初頭のドイツ人にとって常識であることが私にとっては常識でなかったことだろう。

 私はドイツ人でもプロテスタントでもなく、それどころかヨーロッパ人でもキリスト教徒でもない。従って、まずは彼らがどういう価値観でどのように活動していたかを解説してもらう必要がある。特に、彼らにとって極めて重要だった「神」の概念を共有していないのは致命的だ。分析の対象を知らずに分析結果だけ読んでも理解できるわけがなかったのだ。

 ウェーバーの解説書は何種類か出版されているが、本書は2014年に出版された新しいもので、最近の日本で起きた出来事などを引き合いに出して説明するなど、今の日本人が読むにはとても理解しやすいものになっている。もちろん私の理解が正しいかどうかの検証は必要だが、少なくとも読んでいる時点で何を言っているのかわからないということはない。ウェーバーの著作自体と違って。

 本書で解説されているのは『プロテスタンティズムの~~』だけではない。『職業としての政治』『官僚制』『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』『社会学の基礎概念』『職業としての学問』といった著作を取り上げている。タイトルを並べるだけでも、ウェーバーがどんなことに関心を持っていたかがわかるような気がする。

 余談だが『職業としての学問』を扱う第4章では、そこで論じられた当時のドイツとアメリカだけでなく、現在の日本の大学政策への苦言もあり、著者(仲正氏)の複雑な想いが垣間見えて面白かった。

2018年4月7日

読書状況 読み終わった [2018年4月6日]

 2015年夏から日本人駐在員として中国で働き、中国人スタッフの書いた日本語レポートを添削する立場になったのだが、日本語ネイティブだからと言って日本語教育ができるわけではない。「ちょっとおかしな感じがする日本語文章」を修正することはできるのだが、なぜおかしいのか聞かれても説明することができない。適切に指導するには自分ももう一度日本語文法を勉強する必要があると感じていたところ、キャンペーン対象になっていた本書を見つけたので読んでみた。

 日本人が学校で「国語」として学ぶ文法と、日本語を学習する外国人に教えるための文法は異なるという。それは基礎知識の違いによって理解しやすい説明の仕方が異なるためだと思っていたが、むしろ学ぶ目的の違いによるもののようだ。

 国語では使われなかった文法用語「ムード」「ボイス」「アスペクト」「テンス」という概念が用いられているが、これらを正確に理解するのはちょっと時間と訓練が必要だ。本書を読んですぐ日本語教師になれるわけではないが、何気なく使っている言葉の仕組みを見直す良いきっかけになったと思う。

2018年4月5日

読書状況 読み終わった [2018年4月5日]

(全12巻読了)

 三国志はもともと中国の古典文学だが、日本でも小説・漫画・アニメ・ゲームなど様々な形で親しまれており、多くの熱烈なファンがいる。特に興味がなかった私でも劉備や孔明、曹操などの主要登場人物の名前くらいは知っていたので、内容をあえて紹介する必要はないだろう。仕事で四川省の成都に行った時「ここは蜀の都だった」という話を聞いてもピンと来なかったため、読んでおくことにした。

 横山光輝による漫画も有名だが、吉川英治による小説は既にパブリックドメインとなって青空文庫Kindle版で読むことができたので、こちらにした。全12巻のうち1巻と12巻はプロローグとエピローグみたいなものなので、実質的には10巻強。全部読むのに10ヶ月強かかったので、ちょうど月に一冊のペースだ。

 個人的な好き嫌いとしては、さほどファンにはならなかったというのが正直な感想だ。教養として読んでおいて損はないだろうが、エンターテイメントとして私の好みではなかった。

 上海の古羊路にある馴染みのバーで酒を飲みながら赤壁の戦いのあたりを読んでいた時、店の女の子(中国人)に赤壁の場所を尋ねたが、知らないと言う。中国人なのに三国志を知らないのかとからかったら、あれは男が読むものだと言われた。

 言われてみれば確かにこれは男の物語だ。ひたすら戦乱に明け暮れて立身出世と天下取りを目指す武将たちの中で、女性の扱いはひどく軽い。もちろん時代も文化も違うのだから、そのこと自体は悪いことではないし、三国志が好きな女性だっているので一概には言えない。しかし作品の位置付けを理解する上で重要な指摘だったように思う。

2018年4月5日

読書状況 読み終わった [2018年4月4日]
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