2017年公開の映画「メッセージ」の原作になったSF小説。映画は観ておらず、また伝え聞く限り映画は小説度かなり異なっているようだが、小説として非常に興味深いものだった。表題作を含む8作品の短編集で、それぞれがまったく違う趣きを持っている。

 SF小説と言えばジュール・ベルヌに始まりアイザック・アシモフやロバート・A・ハインラインなどが非常に有名だが、彼らの作品とはかなり異なる。古典的なSFは現実の科学技術を延長した先を想像して書かれているのが普通だが、本作は我々の科学とは異なる世界の科学だ。

 例えば呪術が実在し、それを探求する科学者の話。天使の降臨がしばしば起こり、それを受け入れる人々の話。これをSFと読んでいいのか悩ましいほどだが、小説として読んでいる時の面白さは確かにSF小説のそれだ。

 ある意味、まだこういう手法があったのかと驚かされた。この方向性で面白い小説を書くには相当な力量が必要だと思うが、期待したい。

2018年6月17日

読書状況 読み終わった [2018年6月17日]

 私自身が海外駐在という一種の外国人労働者なのだが、逆に海外から日本に来て働いている人々も100万人を超えているという。そんな、日本で働く外国人労働者がどんな状況に置かれているかを紹介し、今後どのように彼らを扱っていくべきか考察する。

 技能実習生という制度を悪用して外国人を奴隷のようにこきつかっている経営者の話は、読んでいて実に腹立たしくなる。しかし、彼らの低賃金労働によって生産される安い商品を買っているなら、消費者である我々もまた同罪ではないだろうか。いわゆる「フェアトレード」は海外生産品に対してだけでなく、国産品についても考えるべき時代が来ている。

 そして、低賃金でなくても人手不足を補うために外国人労働者が必要になるなら、彼らに対する処遇は日本人以上に気を遣うべきだと思う。故郷や家族から遠く離れて、言葉も文化も違う国で働くのは、それだけでも大変なことなのに、しかも将来の保証もないのだから。

 まさに今、国会でもこの分野の法改正が論じられている。日本の人口が減って行く時代の始まりを生きる我々には、新しい労働環境を創造する責任があると感じる。

2018年6月11日

読書状況 読み終わった [2018年6月11日]

 世界システム論とは、世界を独立した国々の集合体と見るのではなく、全体が繋がったひとつのシステムと捉える考え方だ。その上で、近代以降においてなぜ中華文明圏やイスラム文明圏ではなくヨーロッパ文明圏が世界全体を支配するようになったか、オランダやイギリスと言った各時代の覇権国家がどのように成立し衰退していったか、等について説明している。

 いわゆる先進国と後進国で経済発展に差がついた理由については、前者の国民が後者の国民より優れていたとか努力したとかいうわけではなく、ひとつのシステムの中である部分が発展するためには別の部分の発展が抑えられるという仕組みによるものだと位置付けている。ありていに言えば、ヨーロッパはアジア・アフリカと競争して勝ったのではなく、アジア・アフリカを踏み台にして稼いだということだ。まあ、それはそうだろう。

 放送大学の教科書として書かれたものを一般向けに書籍化した本。1章が1回分と思われる量なので読み進めやすかった。こういう本が他にもあれば読んでみたい。

2018年6月4日

読書状況 読み終わった [2018年6月4日]

 着ると姿が見えなくなる「透明マント」をテーマに、そのアイデアの発祥から現代の研究までを通史的に紹介している。透明マントと言えば私は攻殻機動隊の光学迷彩を思い浮かべるが、各地の神話や昔話にも登場する普遍的なアイデアだったようだ。もちろんそれはフィクションに過ぎないわけだが、近年、実際にそれを作ることに繋がる研究が進んでるという。

 著者はこういった本を書くのは初めてとのことで、取り上げられるのは割と雑多なエピソードの寄せ集め感があるが、最終的には収束していく。ハデスの兜などの古典、H.G.ウェルズのSF小説、生物の擬態、映像技術、目の錯覚、ステルス技術、負の屈折率、曲がった空間、等々。

 現時点では特定の電磁波に対して特定の方向から観察した時に透明化するというだけで、人間の眼で見えなくなる透明マントの実現はかなり先になるだろう。しかしこういう研究はなにかのきっかけで急に進展したりするので、侮れない。

 気がかりなのは、透明マントが実現したらどう使われるかという点だ。正直、思いつく用途は軍事目的と犯罪がほとんどではないだろうか。実現する前にその点をよく検討してほしいと思う。

2018年5月30日

読書状況 読み終わった [2018年5月30日]

 先日読んだ『恐怖の哲学』と同様に心の仕組みを解明する取り組みについて紹介している。本書の場合は視覚のメカニズムに絞って解説しているが、哲学的な考察はほとんどなく、脳生理学の研究成果を示している。

 本書の原書が書かれたのは2007年で『恐怖の哲学』より古いので、当然だがやはり「ハード・プロブレム」と呼ばれる問題、つまり心とか意識がどのような物理的実体に基いているかという点は未解明だ。また、書かれてから10年以上経っているので、恐らくその間にも新たな知見は得られているのだろう。さらに10年後くらいになれば、いよいよハード・プロブレムが解決しているかもしれない。私はこの分野の専門家ではないけれど、人間の本質に関わる研究はドキドキさせられる。

 あとがきで少し印象的なエピソードが出てくる。それは、心は脳に宿ると考えている脳科学者でも、路傍の石仏に心があるように感じて、祈ることがあるという話だ。私も祈ることがある。この気持ちの意味はまた、別の考察になることだろう。

2018年5月16日

読書状況 読み終わった [2018年5月16日]

 2015年に巨額の粉飾決算が明らかになった東芝は、決算報告が出せないという異例の事態に陥った。「チャレンジ」という言葉で無理な予算達成が要求された結果、次第に違法またはグレーな手法で利益を生み出すようになっていたことが原因とされている。本書は、無理な要求をした経営者と、不正な手段を考案した担当者の両方について、豊富な資料とインタビューから内情を描いている。

 具体的な個人名を挙げてその人柄まで踏み込んだ記述は生々しい。1996年に社長に就任した西村泰三から現在の綱川智まで7代の社長が登場するが、著者の評価はいずれも非常に厳しく、「名誉欲は人一倍強かった」「マスコミ受けするスタンドプレーを好んだ」「所詮社長の器ではなかった」などの辛辣な言葉が並ぶ。直接インタビューした相手をこうまで書いて、しかも恐らく本人も読むであろうことを考えると、すごい度胸だと思う。

 東芝ほどの大企業・名門企業の社長ともなれば相当の人物のはずだが、本書で描かれた内幕は実に見苦しい話が多い。こんな人の下では働きたくないと感じるエピソードが多数出てくるが、東芝の一般社員が読んだらどんな気分になるだろうかと同情する。

2018年5月4日

読書状況 読み終わった [2018年5月4日]

 デブでマザコンの精神科医が様々な精神疾患の患者を診るという短編集。どう見ても立派ではない彼の振る舞いに患者が翻弄されるのだが、最後はそれなりに解決していく。毎回同じ登場人物は医者と看護婦だが、常に患者側の視点で語られるという点が特徴的。

 米原万里の『打ちのめされるようなすごい本』で紹介されていた、ドクター伊良部シリーズの一作目。Kindleの文春祭りで半額(半額分のポイント還元)になっていたので読んでみた。米原氏は絶賛と言って良い評価だったので期待して読んだが、そこまで絶賛するほどか?という感想。と言っても面白くないわけではないので、続編の2冊も購入した。

2018年5月1日

読書状況 読み終わった [2018年5月1日]

 恐怖はなんらかの危険にさらされた時に抱く感情であり、通常は不快感を伴う。ではなぜホラーが娯楽として成り立つのか? ホラー映画の中の怪物は実在していないと知っているにも関わらず恐怖が生じるのはなぜか? 恐怖を感じているにも関わらず映画館から飛び出したりしないのはなぜか? 本書はこういった恐怖感情とホラー映画にまつわる疑問点をきっかけに、人間の感情や情動がどのように生じるかの解明を試みている。

 著者の専門は医学や生物学ではなく哲学だ。奥付によると科学哲学というジャンルらしい。科学哲学とは何か説明されてはいないが、あとがきで著者は「哲学は生物学や脳科学とシームレスにつながるべきだ」と主張している。そのため本書も最初のうちは哲学的な議論からスタートするが、最終的には脳内の情報処理の仕組みなど脳科学面の考察に到る。

 この分野の書籍としては『脳からみた心』(山鳥重)、『人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか』(池上高志・石黒浩著)を最近読んだが、『脳からみた心』は脳科学からのアプローチ、『人間と機械のあいだ』は哲学的アプローチがメインだった。本書はその中間位置か、統合的なアプローチと言えるだろう。

 そういう点では面白いが、最終的な結論はどちらの方向からも中途半端になっている気がした。統合的というより総花的。また、素人向けを意識しすぎたのか文体があまりに口語的になっている。教室で講義を聞くならこのくらいがいいかもしれないが、本として読むにはまどろっこしい。

2018年4月30日

読書状況 読み終わった [2018年4月30日]

 明治から昭和初期に書かれた日本の有名な文学作品を原作として、すべて現代の京都の大学生を主人公に翻案した作品集。文体や展開は模倣しながらも、しっかり「森見ワールド」に落とし込まれている。プロの物書きとはこういう芸当ができるものなのかと感服した。

 取り上げられた原作は以下の五作品。いずれも原作は著作権が切れて青空文庫に収録されている。最初の三作は既読だったが後の二作は未読だったので、入手して先に読んでから森見版を読んだ。ついでに既読の三作も読み直してみた。

『山月記』中島敦・1942年
『藪の中』芥川龍之介・1922年
『走れメロス』太宰治・1940年
『桜の森の満開の下』坂口安吾・1947年
『百物語』森鴎外・1911年

 原作も森見版も、なんとなくのどかな空気が流れている。内容的には殺人事件があったり人生が破綻したりして必ずしものどかとは限らないのだが、古き良き時代のおおらかな香りが漂う印象だ。

 森見版の場合もまだ携帯やネットが普及してなかった昭和後半あるいは平成初期のイメージ。平成初期なら私自身の学生時代と重なるのだが、ダメ学生のメンタリティはだいたいこんなものだった気がする。

2018年4月14日

読書状況 読み終わった [2018年4月14日]

 1953年に書かれたSF作品。本が禁制品となったアメリカで、本を焼くことを仕事とする主人公が、ある日不思議な少女に出会って人生が変わることになるという、ディストピア小説。

 かなり有名な作品だが、SFとしてもメッセージ作としても中途半端な印象を受けた。ジョージ・オーウェルの『一九八四年』にも通じる設定だが、展開はそちらほど明瞭ではない。アメリカではかなり重要な作品として位置付けられているそうだが、扱っているテーマが読書という行為に直結したものであるおかげではなかろうか。

 想像上の未来世界を舞台とするこの作品の中に、なんらかの形で現代社会への警鐘や皮肉を見出すことは可能だろう。実際、ここに登場する「本を読まない人々」の描写はある意味現代人を象徴している。ただ、それ以上のものは感じられなかった。

 書かれてから65年を経た今、社会はおそらく作者の想像以上に変わった。インターネットと電子書籍の登場で、本を燃やすという行為は無意味になりつつあるが、この時代にはこの時代なりの焚書の姿があるだろう。私たちがディストピアを逃れたわけでないという気持ちは最近強まっている。

2018年4月8日

読書状況 読み終わった [2018年4月8日]

 ウェーバーの代表的著作と言えば『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が挙げられる。一度は読もうとしたのだが、一割も進まないうちに挫折してしまった。通読すらできなかった理由のひとつは文体が古めかしくまわりくどいため理解しづらかったことだが、もっと大きな理由は、20世紀初頭のドイツ人にとって常識であることが私にとっては常識でなかったことだろう。

 私はドイツ人でもプロテスタントでもなく、それどころかヨーロッパ人でもキリスト教徒でもない。従って、まずは彼らがどういう価値観でどのように活動していたかを解説してもらう必要がある。特に、彼らにとって極めて重要だった「神」の概念を共有していないのは致命的だ。分析の対象を知らずに分析結果だけ読んでも理解できるわけがなかったのだ。

 ウェーバーの解説書は何種類か出版されているが、本書は2014年に出版された新しいもので、最近の日本で起きた出来事などを引き合いに出して説明するなど、今の日本人が読むにはとても理解しやすいものになっている。もちろん私の理解が正しいかどうかの検証は必要だが、少なくとも読んでいる時点で何を言っているのかわからないということはない。ウェーバーの著作自体と違って。

 本書で解説されているのは『プロテスタンティズムの~~』だけではない。『職業としての政治』『官僚制』『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』『社会学の基礎概念』『職業としての学問』といった著作を取り上げている。タイトルを並べるだけでも、ウェーバーがどんなことに関心を持っていたかがわかるような気がする。

 余談だが『職業としての学問』を扱う第4章では、そこで論じられた当時のドイツとアメリカだけでなく、現在の日本の大学政策への苦言もあり、著者(仲正氏)の複雑な想いが垣間見えて面白かった。

2018年4月6日

読書状況 読み終わった [2018年4月6日]

 2015年夏から日本人駐在員として中国で働き、中国人スタッフの書いた日本語レポートを添削する立場になったのだが、日本語ネイティブだからと言って日本語教育ができるわけではない。「ちょっとおかしな感じがする日本語文章」を修正することはできるのだが、なぜおかしいのか聞かれても説明することができない。適切に指導するには自分ももう一度日本語文法を勉強する必要があると感じていたところ、キャンペーン対象になっていた本書を見つけたので読んでみた。

 日本人が学校で「国語」として学ぶ文法と、日本語を学習する外国人に教えるための文法は異なるという。それは基礎知識の違いによって理解しやすい説明の仕方が異なるためだと思っていたが、むしろ学ぶ目的の違いによるもののようだ。

 国語では使われなかった文法用語「ムード」「ボイス」「アスペクト」「テンス」という概念が用いられているが、これらを正確に理解するのはちょっと時間と訓練が必要だ。本書を読んですぐ日本語教師になれるわけではないが、何気なく使っている言葉の仕組みを見直す良いきっかけになったと思う。

2018年4月5日

読書状況 読み終わった [2018年4月5日]

(全12巻読了)

 三国志はもともと中国の古典文学だが、日本でも小説・漫画・アニメ・ゲームなど様々な形で親しまれており、多くの熱烈なファンがいる。特に興味がなかった私でも劉備や孔明、曹操などの主要登場人物の名前くらいは知っていたので、内容をあえて紹介する必要はないだろう。仕事で四川省の成都に行った時「ここは蜀の都だった」という話を聞いてもピンと来なかったため、読んでおくことにした。

 横山光輝による漫画も有名だが、吉川英治による小説は既にパブリックドメインとなって青空文庫Kindle版で読むことができたので、こちらにした。全12巻のうち1巻と12巻はプロローグとエピローグみたいなものなので、実質的には10巻強。全部読むのに10ヶ月強かかったので、ちょうど月に一冊のペースだ。

 個人的な好き嫌いとしては、さほどファンにはならなかったというのが正直な感想だ。教養として読んでおいて損はないだろうが、エンターテイメントとして私の好みではなかった。

 上海の古羊路にある馴染みのバーで酒を飲みながら赤壁の戦いのあたりを読んでいた時、店の女の子(中国人)に赤壁の場所を尋ねたが、知らないと言う。中国人なのに三国志を知らないのかとからかったら、あれは男が読むものだと言われた。

 言われてみれば確かにこれは男の物語だ。ひたすら戦乱に明け暮れて立身出世と天下取りを目指す武将たちの中で、女性の扱いはひどく軽い。もちろん時代も文化も違うのだから、そのこと自体は悪いことではないし、三国志が好きな女性だっているので一概には言えない。しかし作品の位置付けを理解する上で重要な指摘だったように思う。

2018年4月4日

読書状況 読み終わった [2018年4月4日]

 著者の経歴があまりよくわかりませんが、本書はややマニアックな人向けのようで、「言うまでもなく~~だ」と書かれてるけど全然言うまでもなくないだろという部分が頻出する。自分の勉強不足かと思ったら、割と特殊な人々向けに書いた本だと明言されている箇所があったので納得した。

 機動戦とは要するに戦車による進撃で、大砲+歩兵という旧来の進軍に比べて高速であるため、相手の対処が間に合わず一気呵成に攻め込む作戦だ。第一次世界大戦でイギリスが初めて実戦投入して以降各国に普及し、陸戦の主役になった戦車だが、実際はどのくらい戦争の姿を変えたかを検証している。

 戦車とよく似た兵器に自走砲がある。一般的に戦車の仕事は敵の防衛戦を突破して殴り込みをかけることで、自走砲の仕事は自陣内から遠方の敵陣に大砲を撃ち込むことだと考えられる。そのため戦車の特徴は分厚い装甲で、自走砲の特徴は長射程の大砲だ。

 しかし本書の分析によると、実際の戦場で両者の区別は意外と曖昧になっていたことが分かる。戦車が砲兵の代わりを務めたり、自走砲が突撃砲となることも珍しくなかったようだ。こういう、設計思想と運用がずれていることは兵器以外でもしばしばあるだろう。

 時は変わって第2次大戦終結から半世紀以上を経た現在、今度はミサイルという新兵器が生まれている。昔ながらの砲兵の役割は恐らくミサイルに取って代わられていると思う。しかし、戦訓に学んで戦略を進歩させていく姿勢は常に見習うべきものがあると感じられた。

2018年4月1日

読書状況 読み終わった [2018年4月1日]

 ブロックチェーンはビットコインを支える技術として有名になったが、本書はビットコインの解説書ではなく、ブロックチェーンの解説書ですらない。本書のテーマは「ブロックチェーンなどの技術が実現しようとしているものが本当に実現したら、社会はどう変化するのか」を考察するものだと言えるだろう。ちなみに著者の専門は計算機科学で、デジタル通貨の研究で博士号を取っている。

 「本当に実現したら」という表現したのは、まだ実現していないからだ。ビットコインは国家の管理に属さず、国家の代わりにブロックチェーンが信用を保証するシステムだと言われているが、実際は多数の課題が残っており、技術的に厳密な意味では信用を保証できていないことを著者は指摘している。しかしそのこと(技術の未熟さ)はさておき、将来の社会のあり方を決める基本理念の原型がそこにあると著者は考えているようだ。

 これはもしかすると、経済学者の水野和夫氏が繰り返し主張している「長い21世紀」後の世界の一案なのではないだろうか。水野氏は『資本主義の終焉と歴史の危機』や『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』などの著書で、現在の資本主義経済はまもなく終わることを予言しているが、その後にどんな経済が訪れるかは何も語っていない。本書はそれにひとつの回答を提示しているように思える。

 「そもそも信用とは何か」を語るために人間の心の成り立ちから説き起こして未来社会を想像するという、かなり壮大なテーマをそう長くない一冊に詰め込んでいる。ビットコインの値上がりがどうのと目先の投機案件としてしか捉えていなかった人に是非読んでほしい。

2018年3月28日

読書状況 読み終わった [2018年3月28日]

 本書を読むまで知らなかったが、中国の成都からビルマを経てインドのカルカッタへと繋がる道を西南シルクロードと呼ぶらしい。ただしその歴史や位置は多くの謎や異説があり、現在は外国人が容易に入れない地域となっているため研究も少ないようだ。著者はここを陸路で踏破することを目指し、実際に踏破してきたルポが本書となる。ただしちゃんとした研究者のフィールドワークとは異なり、フリーライターの無謀な冒険というべき内容だ。

 踏破が行われたのは2002年の2月から5月。日本から中国へは正式なビザを得て入国したが、ビルマにもインドにも密入国だ。途中、官憲の目を逃れるため、カチン軍やナガ軍というゲリラの助けを借りて密林地帯を抜けていくのだが、彼らもまた一癖も二癖もある人々で、簡単には進めない。次々に降りかかるトラブルを間一髪で切り抜けていく様子は映画のようだ。映画化してもいいのではないかと本気で思う。

 自分ではあまり旅行をしないし、まして密入国を繰り返すなんてことは不可能だが、他人の紀行文を読むのは楽しい。特にこういう秘境を行く旅路の話は読んでいてワクワクする。著者による脚色があるかもしれず、またそれを確認することもできないのだが、とんでもなくぶっとんだ体験の話を聞くのは面白い。

2018年3月26日

読書状況 読み終わった [2018年3月26日]

 私も金属材料を専攻し鉄鋼メーカーの技術者としてメシを食っている者なので、鉄に関するウンチクは大体知っているつもりだ。しかしさすがに「鉄のすべてを解き明かす」というタイトルで本を書く度胸はない。著者は化学系の研究者のようだが、なかなかいい根性していると思う。ただ、思ったよりは広範囲で述べられており、あながち過言ではないのかもしれない。

 鉄の歴史的な起源から説き起こし、いわゆる構造材料としての鉄鋼だけでなく、化学反応による地球環境への影響や、生命活動における役割などにも言及されている。日本刀に関する解説に比較的多くのページを割いているのはなんとなく共感できる。あれは鉄の特性を徹底的に引き出す絶妙の工法であり、鉄を知る者ならつい熱く語りたくなるものだ。

 ただ、鉄や材料の専門家ではない人がどれだけこういう本を買って読んでくれるのだろうか。そこがちょっと気になる。

2018年3月19日

読書状況 読み終わった [2018年3月19日]

 『資本主義の終焉と歴史の危機』(2014年5月)と同じ著者による経済書で、基本的な論調は変わらない。中世から近代へ移行する「長い16世紀」に資本主義が始まったように、我々が生きる「長い21世紀」は資本主義が終わろうとしているというのが著者の見方だ。これまでのシステムはもう続けられないという点ではより一層悲観的になったとも感じられる。

 本書で著者はしきりに経済成長を否定している。実際、日本の金利がほぼゼロになっている状態は成長が止まっているに等しいが、それが一時的な政策の問題ではなく、原理的あるいは構造的にこれ以上の成長は不可能になったというものだ。その理由としてフロンティアの消滅やエネルギー価格の高騰などをあげており、いずれもそれなりに説得力がある。

 ただ、前著もそうだったが本書も結局、今後どうなるのか、どうしたらいいのかについては答えられていない。むしろ、そんなの分かるわけないという開き直った結論になっている。それはそうかもしれないが、それでも私たちは生きていかなければならない。分からないでは済まないと思うのだが、それは政治家の仕事ということなのかもしれない。

2018年3月18日

読書状況 読み終わった [2018年3月18日]

 将棋の羽生善治を語り手として人工知能について紹介したNHKスペシャル「天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る」を制作した取材班による書籍化。書籍化と言っても番組をそのまま本にしたものではなく、取材過程で経験したことや感じたことを改めて語っている内容だ。ちなみに番組の方は見ていない。

 人工知能に関する本は何冊か読んだので、ディープラーニングや機械学習などの技術については特に目新しい内容ではないが、各国の開発者たちがどんな想いを込めて取り組んでいるかという点に触れているのは興味深い。人工知能が今後どう進歩していくかということより、それと私たちがどう付き合っていくかが重要という指摘は一昨年『人工知能は人間を超えるか』を読んだ時に感じたことと一致する。

 従来型コンピュータと異なり、人工知能は判断理由がブラックボックスになっている点は重要だ。人間の知性を上回っていると言われても、理由が説明されない判断に唯々諾々と従うことには多くの人が反発したり不安を感じたりするだろう。人工知能の判断は100%正しいわけではないということをよく認識し、あくまでも道具として活用していくことが常識となってほしい。

2018年3月18日

読書状況 読み終わった [2018年3月18日]

 パソコンとネット環境さえあれば事業が起ち上げられるソフトウェアと異なり、ハードウェアを量産して販売するためには工場との取引や人の繋がりがどうしても必要になる。深圳に構築された工場群のネットワークは、従来なら大ロットでなければペイできなかった量産を小ロットでも可能にした。

 本書は、シンガポール在住で各地のメイカーフェアの実行委員を勤め、深圳見学会などを主催している著者が、この新しいモノづくりの最前線を現場から報告するといったものだ。著者以外のメンバーによる寄稿もそれぞれ違った視点があって面白い。

 小ロット生産が可能になったとは言っても、ソフトウェアをコピーするほど簡単なわけではない。やはりそこには多くのハードルがある。ひとりで部屋に篭って黙々と作業してできる世界ではなく、多くの人と繋がりを持ち協力を得る能力が必要だ。いわゆる「コミュ障のギーク」にはできないだろう。

 だから量産化という段階に辿り着けるのはごく一握りに限られるのだが、そこまで行けなかったとしても、ものづくりの楽しさを存分に味わえる環境が整っていくのは素晴らしいことだと思う。考えてみれば私自身も昔は電子工作が好きな少年だった。いつのまにか自分でモノを作らなくなってしまったのは悲しい。またハンダごてを握りたい。

2018年3月15日

読書状況 読み終わった [2018年3月15日]

 著者の米原万里はロシア語通訳でエッセイストとしても有名な方だが、2006年にガンで亡くなった。その年、著者の業績の集大成のような形で出版されたのが本書だ。前半は週刊文春に連載したコラムで、時事問題へのコメントと関連する書籍の紹介。後半はひたすら書評。著者が様々な媒体に発表したすべての書評が収録されているそうだ。

 軽妙な文体ながらそれぞれの本の素晴らしさが熱く語られており、ぜひ読んでみたいと思うこともしばしば。本書の中で「ここ二〇年ほど一日平均七冊を維持してきた」というくだりがあるが、それほどの速読でありながらこれだけ丁寧に評が書けるのはすごい。ただ本書自体の初版が2006年なので90年台の書評が多く、すでに絶版になっているものも少なくなかった。

 エッセイで語られる時事問題も当然10年以上前の話題なので、今読むとさすがに古いテーマになってしまっているが、切り口は明確だ。小泉やブッシュでさえこれだけこきおろしていた著者が安倍やトランプの振る舞いを見たら、どう語っていたか読みたかった。

2018年3月13日

読書状況 読み終わった [2018年3月13日]

 フランス革命の時期にパリの死刑執行人を務めたシャルル-アンリ・サンソンの伝記。新書で伝記だが、読後感はドラマチックな小説のようだ。まさにこの本を出典とした『イノサン』という漫画作品がある。実はそちらの方を読んだのがきっかけで本書を読んだので、シャルルの顔が漫画の絵で思い浮かぶ。

 生涯に三千人余りを処刑した彼は、死刑制度の廃止を強く求めていたという。処刑人が死刑廃止派というのは矛盾のように聞こえるが、この時代の処刑人は完全な世襲制であり、決して自分の意志でその職に就いたわけではなく、むしろその運命から逃れたかったのだろう。しかしフランスで死刑が廃止されたのは1981年である。

 副題にあげられているルイ16世については『ベルサイユのばら』で描かれたように「お人好しだが指導者としては無能」というイメージが強いが、本書によれば実際はそうでもなかったらしい。革命を抑えることができなかったという点も、恐らくその時に王位にあればどんな人物でも同じ結果だったのだろう。

 ギロチンは、無用な苦しみを与えず速やかに処刑を完了できる“人道的”な処刑器具としてフランス革命の時に開発されたが、あまりに簡単に処刑できるため膨大な死刑を量産する結果になったというのは、趣味の悪い冗談のようだ。

2018年3月7日

読書状況 読み終わった [2018年3月7日]

 近年ノーベル物理学賞を受賞した日本人のうち、2002年の小柴氏・2008年の小林氏と益川氏・2015年の梶田氏はいずれもニュートリノに関する研究で、この分野は日本が世界をリードしているという。本書は日本の素粒子研究の中心である高エネルギー加速器研究機構の准教授である著者が、その研究の意味を解説したものだ。

 扱っている内容はニュートリノの存在を予想した理論から検証する実験までだが、私の持つ予備知識に対してとてもちょうどいい説明量でわかりやすかった。一般向け公開講座で喋った内容をそのまま文字起こししたような文体で、イラストは黒板かホワイトボードに手書きしたような線画だが、実際はそうではなく、読みやすいようにそれっぽくしたようだ。

 波が伝わる様子をTwitterのリツイートが伝播していくことに例えるなど、数年経ったら古臭くなりそうな表現も多用されているが、現在進行形で成果が上げられている分野なので、今この時に読んでおくべき本と考えれば良いだろう。

2018年3月5日

読書状況 読み終わった [2018年3月5日]

 タイトルには「動乱」とあるが、別に物理的な戦争や紛争を扱っているわけではない。むしろ政治経済における駆け引きや国家戦略の分析が中心だ。世界の国家勢力を、陸路を重視するランドパワー、海路を重視するシーパワー、それに宗教で連帯するイスラム原理主義に分類し、その歴史的な成り立ちと現在の戦略について地政学の観点から解説している。

 略歴によると著者は防衛庁防衛研修所で東アジア(特に朝鮮半島問題)を研究した後、現在は拓殖大学教授で東北アジア国際戦略研究所客員研究員。まだその分野の重要性が世間に認知される以前からの専門家のようだ。国際会議にも多数参加しており、興味深いエピソードが盛り込まれている。

 出版が2015年であるため本書で一章割いて解説されている韓国はその後大統領が失脚しており、戦略もある程度変わったように見られる。またアメリカはオバマ大統領からトランプ大統領になって内向きの政策に変わったし、イギリスもEU離脱が決まってまた内向きになっている。本書執筆当初以降も世界は目まぐるしく変わっていると言えるだろう。

 そして変わらないのはロシアと中国という、ユーラシア大陸のランドパワー国家だ。これらの国は事実上の独裁国家であるため、ある意味政府の自由度が高く、物事を大胆に進めていくことができる。こういう国に民主主義国が対抗するのはかなり苦労も多いが、一応日米などはなんとか頑張っているようだ。

 日本の役割と可能性については、日本人研究者による分析と提言は色々差し引いて受け止める必要があるが、中国と太平洋の間に挟まれているという地政学的位置は揺るぎない。いくらインターネットが繋がり飛行機が一日で地球を一周できるようになっても、国土の地理的条件から自由にはなれない。これからもこういう観点で情勢を見ていく必要はなくならないだろう。

2018年3月4日

読書状況 読み終わった [2018年3月4日]

 コンピュータとインターネットが広く普及したことで、それを利用した犯罪も増加した。特にインターネット上にある情報を盗んだり破壊したりする行為はサイバー攻撃と呼ばれている。攻撃を受ける原因となる「脆弱性」の仕組みを解説している。

 具体的には「バッファオーバーフロー」「文字列の整形機能」「クロスサイト・スクリプティング」「SQLインジェクション」が取り上げられる他、サイバー攻撃の社会的な位置付けについても触れている。基本的な話からある程度踏み込んだ内容まで一気に進められるので、最初はだいたい知ってる話なのだが、漫然と読んでいると突然置いていかれるので気が抜けない。

 あくまでも初心者向けの本ではあるが説明に無駄がなく、分量の割に内容は詰まっている印象だ。実際の対策を行う技術者になるにはこのレベルの勉強では不足だと思うが、一般ユーザーとして理解しておくべき内容としては十分だろう。

2018年3月2日

読書状況 読み終わった [2018年3月2日]
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