知の融合~新時代の価値観を創る~

電子書籍で読んだ。
野矢茂樹氏の本は何冊か読んでいる。
今までは論理学や無限をテーマとした本ばかりだったが、本書は著者の人柄が滲み出るであろうエッセイとのことで、寝る前に気楽に少しずつ読んだ。
読み進めていくと、なるほど哲学者はこういうことを考えているのかという発見がある。また、こういう風に考えているのかという発見もある。
考えるというのはモヤモヤした状況に耐えることだ。モヤモヤを引き受けることだ。
モヤモヤが少しずつ晴れていく感覚。晴れた先に自分だけの地平が見えてくる感覚。
これはおそらく快楽に近い。
自分だけの快楽を追っているのが哲学者なのかもしれない。

2020年9月20日

読書状況 読み終わった [2020年9月20日]
カテゴリ 哲学

宇佐美・野口対談『教育と授業』で紹介されていたため読んだ。
本書の発刊は2004年である。この頃の斎藤孝は良い。「意味の含有率」が高い。最近の斎藤孝の本は読む気がしない。
本書は国語のプロ・斎藤孝と英語のプロ・斎藤兆史(よしふみ)の対談である。両者に共通しているのは、「英語は基本から入れ」である。文法と単語、音読の基本から入るべき、また、英語学習を駆動するのは論理力であり国語力であると主張する。
そして、小学校教育に関して、
・「英会話ごっこ」の英語教育はやめるべき
・国語教育の内容を見直すべき(厚くせよ)
と主張する。
ここまで全く同意であり、予想通りの内容であった。
ここからは、本書を通じて知ったこと、気づいたことである。
・文科省は民意(素人の意見)に踊らされている
・しかし、商売は民意を形にした商品がヒットする
・35〜55歳の働き盛りが時代を作る
・その意味で、「団塊の世代」が作ったのが、バブル時代からバブル崩壊までの時代。
・バブル崩壊後の時代を作ったのがいわゆる「団塊ジュニア」の世代。
・人は自由を求めるゆえに、社会は人々の自由度を高めることを、個人は自分の自由度を高めることをするべき。
・それは、社会は人々に選択肢を提供するべきであり、個人は技を修得することである。
・個人の幸福とは成長率であり、個人の自由とは技の数である。
・日本語と英語は語族が全く異なる。
・ゆえに、欧米で確立された英語教育学は、日本人には合わないかもしれない。

学校は「上達の法則」を教える場である、という主張だけ賛同できない。そうであれば、9科目もの科目を教える必要はないし、「上達の法則」を教えるためのメソッドを開発すべきだからである。
以上、学ぶべきところの多い本書であった。

2020年9月19日

読書状況 読み終わった [2020年9月19日]
カテゴリ 教育

久しぶりにヒリヒリする本に出会った。
教育学界の長老・宇佐美寛氏と、授業名人・野口芳弘氏の往復書簡である。
往復書簡ではあるが、『宇佐美・野口対談』と呼びたい。
宇佐美は大学生への指導経験を元に痛烈な批判を展開する。他方、野口は小学生への授業経験を元に反論する。バックグランドが異なるのだから、考え方が違って当然である。
しかし、両者のテーマは国語教育についてである。全く畑違いの二人が適当な距離で話し合っている訳ではない。同じテーマでときには同じ教材について語るのである。
にも関わらず、両者の意見は交わらない。しかも両者、一歩も譲らない。
例えば、「発問」について。
野口氏は発問によって生徒の思考を起動することが大事だと説く。宇佐美氏は学生の思考を縛る発問はやめるべきだと主張する。
宇佐美氏は「一人で読む」ことが大事であると説く。それに対して、野口氏は「一人で学べるなら授業はいらない」と反論する。
年齢的には2歳しか違わない両者は同時代を生きてきたはずだが、意見は全く相入れない。
そのやり取りを読む過程は、両者の意見にグラグラ揺れながら、その中で精一杯思考しながらの「一人読み」であった。宇佐美の主張する「一人読み」であった。
齢80を超えた碩学が信念をぶつけ合う討論がヒリヒリしない訳がない。
本書は、真の「知的エンターテイメント」だ。

2020年9月11日

読書状況 読み終わった [2020年9月11日]
カテゴリ 小説

尾原和啓著『ザ ・プラットフォーム』を読んだ。
以前買って、1/3ぐらい読んで放置していたものを読了した。
尾原氏の本は『ITビジネスの原理』を読んだことがあり、2冊目である。
マッキンゼー、リクルート 、Google、楽天と渡り歩いた尾原氏ほどIT業界を分析して語れる人はいないのではないだろうか。
しかし、本書を読んで驚嘆したのは氏の「人間への洞察の深さ」である。
マズローの欲求五段階説やアランの『幸福論』、マザーテレサの言葉まで登場する本書は、「人間を知る」意味でも示唆的である。
そうなのだ。
尾原氏は「ITの変化」と「人間の普遍」の両方に対する造詣が深いのだ。この交点に本書はある。
マッキンゼーで鍛えた企業分析の手法、物事に対する補助線の引き方が秀逸なのは言うまでもない。

2020年9月7日

読書状況 読み終わった [2020年9月7日]
カテゴリ ビジネス

著者は駿台予備校のトップ講師であった犬塚壮志氏。現在も大学受験には携わっているようだが、本書のような一般的な本も書いている。
犬塚氏の頭の良さは、少子化の時代にあって大学受験という先細りの土俵からビジネスマン向けに見事に転移したところに現れている。
本書において著者は、説明のポイントが
I→興味
K→知識
P→目的
O→大枠
L→つなげる
E→具体、事例、証拠
T→転移
の7つであると説く。
しかし、7つは多くて頭に入らない。
この7つは、
①導入→ IKPO
②内容→ LE
③出口→ T
の3つにまとめることができるのではないか。
説明の中身は②であり、これは「構造化」ということができそうである。
林修氏は現代文は「因果」「対比」「類比」の3つであると言っていた。
「分かる」というのは、因果関係や差異や類似点などの構造が分かることに近い。
上記①②③も構造的であると言える。
説明とは構造を見せることなのだ。

2020年9月5日

読書状況 読み終わった [2020年9月5日]
カテゴリ 小説

教育が迷走している。
グローバル時代は「考える力」が必要と言われて久しいが、予備校業界でその旗を掲げて有名になったのがSEGである。SEGの教育理念の一つが「教科書を鵜呑みにするな」である。素晴らしい。定説を疑うところから真実が発見されたのが科学の歴史だからである。「教科書を疑う」ことが学問の基本姿勢である。
「考える力」を養うにはどうすれば良いのか。そのヒントを得たくて本書を読んだ。
結論を言えば考える力を養うには、
①原理原則を深く理解すること
②それを使って解を導く過程を教えること
の2点である。
①は知識であり、②は知恵である。
①は基本であり、②は応用である。
「考える力」とは「知識を使って解を導くプロセスを組み立てる力」にほかならない。
全てを覚えるのはしんどい。しかも現実世界はマニュアル通りには行かない。
であれば、「自分なりの正解を考え出す力」が必要だ。それは、「自分なりの創造」に近い。

2020年9月2日

読書状況 読み終わった [2020年9月2日]
カテゴリ 教育

小林正観氏の本を初めて読んだ。
「そ・わ・かの法則」とは、
そ→掃除
わ→笑い
か→感謝
の3つのことで、これらを実践することが幸せをつかむカギだと言う。
因果関係は明瞭ではないが、納得できるところが多いのは、著者が広い見識を持っているからであろう。
そして、今日から実践できることが多い。その語り口が著者の魅力であろう。

奢っている人は誰にも慕われない。
謙虚な人は慕われる。

言葉は刃物である。
心を切り裂く刃物である。

「優しくする」とは目上の者がその権力を使わないこと。

子どもを強い言葉で従わせてはいけない。

2020年8月25日

読書状況 読み終わった [2020年8月25日]
カテゴリ マインド

芥川賞受賞作などほとんど読まない、主人公が公務員試験を目指す学生の話ということで読んだ。
結論から言うと、芥川賞受賞の理由が分からない。
いまの若者の感性はよく描けているような気がする。
しかし、ストーリー展開が優れているとも思わない。夏目漱石を模範としたなるべく修飾語を省いた文体と言うが、文体や描写が斬新だとも思わない。
しかし、芥川賞である。
おじさんの感性に合わないだけかもしれないが。

2020年8月19日

読書状況 読み終わった [2020年8月19日]
カテゴリ 小説

電子書籍で読んだ。
少しずつ長い期間、読んでいた。
寛永寺の法主であった輪王寺宮(北白川宮能久親王)の半生が本作品のテーマである。
寛永寺の近くにはしばしば行ったことがある。
宮が寛永寺から逃れた台東区根岸にも訪れたことがある。
そんな思い出のある地域を舞台にした本作品を、感慨深く読み終えた。
吉村昭氏は丁寧に調べて書く作家である。吉村氏の作品の中で初めて読んだのはおそらく『羆嵐』だと思う。こちらは引き込まれるように一気に読んだ記憶がある。
しかし、本書『彰義隊』は読むのに時間がかかった。
理由は皇族であり法主である存在に対するリアリティが湧きにくいことにあったのだろう。
しかし、時代の流れに翻弄されながら、そして明治天皇の叔父という列記とした皇族でありながら、汚名を着せられ、それを拭おうとしたその苦悩は胸に迫るものがあった。

2020年8月11日

読書状況 読み終わった [2020年8月11日]
カテゴリ 歴史

2013年発刊の佐々木圭一著『伝え方が9割』を読んだ。
半分くらい読んで放置していた後半部分を読んだ。
コピーライターの本はやはり読みやすい。まして、著者が大学で講師をしていることもあるのだろう。サラサラと読めてしまった。
「伝え方」のテクニックが分かりやすく書かれている。日常生活でも役立つテクニックである。
しかし、あまりにもサラサラと読めてしまったため爽やかな読後感にも関わらず、得るものが少ないと思ってしまったのは、あまりにもテクニカルな内容のせいだろうか、それとも私が懐疑的に読んだせいだろうか。
「伝え方」は時と場合によって異なる。時と場合によって相応しい伝え方がある。
本書で想定している場面が限定的であるために、得るものが少ないように感じたのかもしれない。
しかし、本書の根本的な考え方を掴めば応用が効くかもしれない。
それは「想像力」である。
伝えたい自分の視点で発信するのではなく、受け手のことを想像すること。それこそが本書の根底の思想だ。
「想像力欠如」の時代である。
私自身も受け手に対する想像力が欠けていなかったか。自分を振り返るきっかけになった。
メッセージは届かなければ意味がない。

2020年7月29日

読書状況 読み終わった [2020年7月29日]
カテゴリ ビジネス

『翔ぶが如く』4巻を読了。
あっちこっちの本を読み散らかしていたため、長らく読んでいた。後半は加速したが。

「佐賀の乱」で江藤新平の斬首。
「征韓論」の決裂で西郷隆盛は帰郷。
「征台論」が起こり西郷従道の出兵。
明治初期の日本は国家としての体を成していなかった。西郷隆盛は帰郷して動く気配がない。にも関わらず、その巨人の影が「佐賀の乱」を引き起こし、鬱屈した薩摩藩士のガス抜きのための征台論がお越り、実際に出兵するところまで行く。弟の西郷従道によって。
ドラスティックに国が変わっていった。その初期はこんなにも日本が揺れていた。
しかし、強烈な一人のリーダーの意思で動いていた訳ではない。かといって合議制で動いていた訳でもない。
強いて言えば、大久保利通が中心であった。
その大久保が43歳であったことに驚く。

2020年6月19日

読書状況 読み終わった [2020年6月19日]
カテゴリ 小説

昔買って本棚にあった本を読んだ。
『OODAループ思考入門』を読んで宮本武蔵について知りたくなったからだ。
さて、司馬遼太郎の『宮本武蔵』であるが、読み物として面白かった。
江戸の初期に活躍した宮本武蔵の資料は少ない。よって司馬遼太郎の推測が多分に含まれている。
文末が「〜であろう」である文が多いことに現れている。
司馬遼太郎の小説が読みやすく面白いのは、口語的だからだ。
例えば、「例をあげていうと、あるとき閣僚があつまって重要な会議があった」と書かれているが、おそらく文法的に正しくないだろう。しかし、読んでいて違和感はない。むしろ語りかけられているような自然な感じがする。
そうか、語りかけるような文章を書くコツは、文法的な正しさを追求しないことなのだ。話し言葉において、文法は崩れる。文法を崩すことで語りかけるような感覚を与えることができるのだ。

2020年5月24日

読書状況 読み終わった [2020年5月24日]
カテゴリ 小説

ちくまプリマー新書の橋本治著『国家を考えてみよう』をKindleで読んだ。
橋本治の本は4冊目で、
①知性の転覆
②上司は思いつきでものを言う
③「わからない」という方法
④国家を考えてみよう
の順で読んでいる。1冊目を読んでからすっかり橋本治ファンになった。
今回の『国家を考えてみよう』も素晴らしい。
「国家を考えるためには国家を考えないことである」と読者の「?」を喚起するところから始まり、国という字の成り立ちを考える。漢字の成り立ちから国とは何かを語るその切り口は斬新だ。
そして、福沢諭吉の『学問のススメ』を解きほぐすことで、日本という国家の成立に迫っていく。
橋本治とはすごい人だ。変幻自在である。
平易な語り口で読者を引き込みながら、橋本流のグルグル回しで引き上げていく手法は変わらない。
しかし、その中で語られる物事の切り口は様々だ。
「国家とは何か」を大上段から語る書物は無数にあるが、この本は『国家を考えてみよう』である。「国家とは何か」なんて考えたことのない、何も分からない読者に目線を合わせて物を書くのが橋本治なのだ。

2020年5月23日

読書状況 読み終わった [2020年5月23日]
カテゴリ 橋本治

橋本治の本を読んだのは3冊目である。
1冊目は『知性の転覆』、2冊目は『上司は思いつきでものを言う』で、この2冊で橋本治のファンになった。
橋本治は面白い。
面白さの一つは「等身大」である。
橋本治は等身大でものを言う。背伸びをしていないから合点がいく。それは本書では「身体性」である。
二つ目は「地を這う」である。
ものの言い方には「帰納」と「演繹」の2種類がある。「帰納」=「地を這う」で、「演繹」=「天を行く」に対応するのだが、橋本治の書き方は極めて帰納的である。
なるほど、ここまで書いてみてようやく分かった。
橋本治の文章は帰納的であり身体的なのだ。

「分かる」には、
①作業を通して言葉を掴む=学ぶ
②作業を通して感覚を掴む=慣れる
③作業をせずに言葉を掴む=暗記
④作業をせずに感覚を掴む=天才
の4種類があり、③は不毛で④は一部の人間しかできないことであるから、普通は①と②で行くしかない。
その行き方は、
(a)天を行く=教え手と共に天を行く
(b)地を這う=自分だけで地を這う
の2つがあるが、(a)にしても事前か事後か、身体性を補完する必要がある。

要は、経験を通して身体で掴んだものは強いのだ。頭脳だけで抽象的に掴んだものは「分かった」とは言い難い。経験を通して掴んだものは、いつか役立つかもしれない。役立たないかもしれない。役立たないかもしれないから、さっさと忘れて構わない。
しかし、そのときが来たら思い出せるものなのだ。

①言語化
学びを自分なりの言葉にせよ

②身体性
たくさんの作業をしてコツを掴め

2020年4月6日

読書状況 読み終わった [2020年4月6日]
カテゴリ 橋本治

登録は紙の書籍だが、電子書籍で読んだ。
著者の本は別のものも読んだが、結論から言うとイマイチ。決して悪いわけではない。私自身が、時代を読むことや、時代を読んだ上でお金持ちになることにさほど興味がないためにイマイチの評価なのだ。
著者は、時代は大きく変わりつつあると言う。資本家が幅を利かせていた資本主義の時代から、知恵が幅を利かせる知本主義になる。AIにノウハウを提供できる人材が勝つ。時代の変化に対応できない人は稼げなくなる等々、色々なことを言う。
しかし、問いたい。
「お金が大事という拝金主義は変化しないのか」と。
20世紀の勝者である資本主義とは、要は拝金主義ではないのか。
お金は便利な道具に過ぎない。しかし、道具が本質的なものであるはずがない。道具を使う人間の方に本質があるべきだからだ。
道具に過ぎないお金を最高位に置く拝金主義こそ20世紀の遺物として破棄すべきもの、塗り替えるべきものではないのか。
言い換えれば、新たな価値観を打ち立てるべきではないのか。
人類がそれを成し遂げる可能性を著者は視野に入れていない。

2020年3月12日

読書状況 読み終わった [2020年3月12日]
カテゴリ 潮流

他の本にあっちこっち飛んでいたので、本書を読み終えるのにだいぶ長い期間をかけてた。
西郷が下野したことをきっかけに、新政府に対する不満分子が噴き出す。
政府を守ろうする大久保利通と、不満分子が爆発するきっかけを作った西郷隆盛。この二人が同郷の親友であるところが歴史の妙である。
しかし、西郷はきっかけを作っただけで何も運動を展開したわけではない。何も動かない西郷が作り出した嵐に翻弄される大久保利通。このコントラストを見ると、西郷隆盛という人物がいかに大人物であったかが分かる。

しかし、本書で注目すべきは次の一文だ。
「西郷は誰に対しても寛容な男だったが、かんの悪い男にだけは閉口してみせるところがあった」
司馬は「かんの悪い男」というマイルドな書き方をしているが、要は「バカな男」ということだ。
懐の深い西郷でさえバカな奴は適当にあしらっていた。
そうか、それで良いのだ。
そうだ、その通りだ。
バカな奴と語るのは時間の無駄だから。
バカな奴と語っても交わることはないのだから。

2020年2月18日

読書状況 読み終わった [2020年2月18日]
カテゴリ 小説

ドン・キホーテは自分探しの旅だった。
住み慣れた家で不自由はないが、退屈な日々。歴史に名を残すこともなく老いていく自分。その自分に耐え切れずに、夢を追って旅に出る。
周囲は狂人かと疑うが、主人公は最初から正気である。
狂人のキャラクターにでもならなければ、旅に出られないことに自覚的であったから、それを演じたのだ。

自分探しの旅だが、若者ではなく老人の話である点が興味深い。高齢社会の今、ドン・キホーテの小説は教訓的な話かもしれない。
人は何歳になっても本当の自分を求める。承認欲求や自己実現欲求は年齢に関係なく、誰しもが持つ欲求だ。
しかし、老いてなおそれを満たすために行動を起こす人は少ない。
ゆえに、本書は面白い。

自分探しの話のオチは決まっている。「本当の自分は近くにある」である。
しかし、近くにある価値を自覚するために、一周回らなければならないことは多々ある。
ゆえに、小説なのだ。
一周回って本来的な価値に気づくストーリーを疑似体験することで、回らずにその価値に気づくことができる。
ゆえに、ドン・キホーテは読み継がれている。
小説も読もう。

2019年10月3日

読書状況 読み終わった [2019年10月3日]
カテゴリ 小説

昔に買って長らく本棚に飾ってあったものを読んだ。
発刊は2006年で、買ったのは2012年。
なぜ買ったのかは忘れていたが、読んでいるうちになんとなく思い出した。
福島正伸さんや小田真喜さんの名前が出てきたから、その延長で買ったような気がする。
結論から言うと、得るものは少ない。
著者の半生を語りながら、どういう思考や特性を持っているかを紹介する自伝的な内容。
しかし、改めて調べてみると近年は著者のビジネスは上手くいってないようだ。
ビジネスの世界は難しい。
飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、実際は上手くいかず事業がガタガタになれば、悪評も立つ。
勝ち続けなければビジネスの世界では評価されない。
西郷隆盛は革命=破壊に向いていたが、明治という新時代の建設には向いていなかった。
ビジネスの世界では、リーダー向きの人とマネージャー向きの人がいる。
両方を兼ね備えている人は極めて少ない。

2019年10月2日

読書状況 読み終わった [2019年10月2日]
カテゴリ ビジネス

素晴らしかった。
著者の柴田愛子氏の見識の高さが滲み出ていた。
子どもにどう接すれば良いのか。
子どもをどう見れば良いのか。
どうすれば、子どもの気持ちを理解してあげられるのか。
これらの問いに答えるためには、人間とは何かをつかむ必要がある。著者はこの部分の理解が深い。
ご自身の豊富な経験から、子どもへの接し方を指南するのが本書である。つまり、本書のタイトルは「親のしつけ」である。
子どもはコントロールできない。
子どもは表現できない。
その子どもに対して「何で言うことを聞かないの?」や「何でワガママばかり言うの?」というネガティブクエスチョンばかりでは親子ともに疲弊する。
「何が欲しいのだろう?」や「どうすれば良いだろう?」というポジティブクエスチョンをもとに接していけば良い。
子どもは親のペットではない。一人の人格である。
子どもにも好みがあり、気分がある。
しかし、同時に理解力もある。
試行錯誤の中で、自分の気持ちが分かり、人の気持ちが分かり、善悪が分かるようになるのだ。

2019年10月1日

読書状況 読み終わった [2019年10月1日]
カテゴリ 教育

ある書家が「空海の書を徹底的に真似て、それでも残った部分が自分の個性」と言っていた。
また、橋本治は「昔は、若者が個性を出すのは恥ずかしいこととされていた」と言っている。
一流の人になりたかったら、まずは個性を捨てること。我を捨てて学んだ上で、それを打ち破って自分の個性を乗せることができれば、一流と言えるだろう。「守・破・離」の原理だ。‭
上記のような思いが根底にあり、本書を読んだ。
本書には、著者が鈴木敏夫氏から学んだことが書かれている。鈴木敏夫氏はスタジオジブリの高畑勲、宮崎駿などの個性をマネジメントしてきた名プロデューサーである。
「自分を捨てる」を分解すると、
・プライドを捨てる
・エゴを捨てる
・偏見を捨てる
・勘違いを捨てる
となる。プライドで駆動している人がそれを捨てるのは容易ではない。
しかし、それは人を活かすことに通じる。
組織人として「自分を捨てる」と、「人を活かす」ことができるのだ。

2019年9月28日

読書状況 読み終わった [2019年9月28日]
カテゴリ 仕事

著者の小室尚子さんのことは知らなかった。
子どもをモチベートする方法を求めて、何冊か買ってあったうちの一冊を読んだ。
結論から言うと、主張がどれくらい信憑性があるのか分からない。あるいは、サンプル数が何人の話なのかも分からない。
このように懐疑的なのは、合理的でないように思える箇所があるからだが、直感的に合理的でないようなことも理屈や根拠があれば、納得できる。
しかし、本書はそれもないため、全体的にあやしい話として、それこそ話半分、というか話3割で読んだ。

2019年9月27日

読書状況 読み終わった [2019年9月27日]
カテゴリ 教育

本書にタイトルを付ければ、「本を使ってものを考える技術」である。内容を大別すれば次のようになる。
前半:「コンテクストを押さえて読む」
中盤:「考えて読む」
後半:「本を使って頭脳を鍛える」

・装丁読み
・仮説作り
・質問読み
・追求読み
・整理読み→①要約読み、②推理読み
・検証読み→①パラレル読み、②クロス読み
など分解が細かい。分かることは分けることから始まるが、これらの名付けが上手い。
これらは、「はじめに」にあるように「本と議論する」ことを分解したものだ。それを細分化したのが、著者の優秀なところ。
情報と知識を分けたのも良い。情報は「生モノ」で、情報を咀嚼して自分が使えるように「加工したモノ」が知識。
本を魚に例えたことには感心した。最初が頭で、最後が尻尾。本の骨子を骨に例えたのは秀逸だ。身を食べていると美味しいから骨を見失う。

その上で、推理読みは、文章の次の型を知っておくと良い。
①例示・具体化
②対比
③追加
④一般化・抽象化

そして、本書は、読書ノートを作ることを推奨する。これができれば本当に頭脳が磨かれると思うが、なかなかできない。
ノートを作れば、本を使ってものを考えることができる。対話ができる。ゆえに頭脳が磨かれる。

2019年9月26日

読書状況 読み終わった [2019年9月26日]
カテゴリ 小説

朝比奈一郎さんの『やり過ぎる力』を読了。
途中何回か立ち止まりながら読んでいたので、長い期間読んでいたが、最後は加速して読了した。
何回か立ち止まった理由は、新しい知識を定着させるためだった。
朝比奈さんはよく本を読んでいる。アメリカの大学院も出ている秀才だ。朝比奈さんには当然でも、僕にとっては未知のことが多々あった。朝比奈さんが例として引き合いに出したことも吸収したかった。
その知識の定着のために立ち止まったのだ。
結論は、本書はリーダーシップの論である。
リーダーは改革者であり、マネージャーは管理者である。
リーダーは正しい方向を示す人であり、マネージャーはその実行を管理する人である。
本書の最大の失敗は、様々な能力を『やり過ぎる力』の一言に集約してしまったことであろう。
本書で著者自身が言ってるように、事象を分かりたければ、分けることが大切である。
にも関わらず、「やり過ぎる力」という言葉に集約してしまったのは、スティーブ・ジョブズのような破天荒なリーダーをイメージしていたからではないか。
閉塞感を打ち破るには、破天荒なリーダーも必要だ。
しかし、その裏には緻密な思考と、静かな葛藤があるはずだ。やり過ぎるためには深い内省が必要のはずだ。
つまり、「やり過ぎる力」と一括りにするのはやり過ぎだ。
過ぎたるは及ばざるが如し。

2019年9月24日

読書状況 読み終わった [2019年9月24日]
カテゴリ 公務員

久しぶりの五つ星。素晴らしい本だった。
吹奏楽の指導者として輝かしい実績を持つ、藤重佳久氏。
いまは九州一円のイベントに携わったりもしている。
藤重氏の最大の特徴は次の3点。
・試行錯誤する力
・ポジティブな質問力
・生徒に気付かせる力
素晴らしい指導者は、生徒一人ひとりを見る観察力や生徒に合った言葉をかける励ます力など、多くの能力を兼ね備えている。
しかし、私が氏の真骨頂だと思ったのが上記の3点。
本書では詳しく書かれていないが、昔は生徒を叱ることがメインの指導者だったようだ。それでは生徒が育たない。
そこで、勉強し、試行錯誤しながら、いまの独自の指導法にたどり着いた。
本書の中で氏は明確に「我流」であると言っている。
必ず成功する指導法は存在する。氏はそれを持っている。
その証拠に学校が変わっても、実績を出している。
しかし、それはきっと修行の末に会得するような性質のものなのだ。
会得した一部の指導者のみが、名指導者と呼ばれる。
それは言葉ですぐに伝わる性質のものではない。

2019年9月23日

読書状況 読み終わった [2019年9月23日]
カテゴリ 教育
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