家守綺譚 (新潮文庫)

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本棚登録 : 6290
レビュー : 930
著者 :
河東京児さん ファンタジー   読み終わった 

「上月君、君は、死、とはどんなものだと思うかね?」
ソファに座った途端にそんなことを問いかけられたのだから、はあ?と不躾な声を上げてしまっても失礼ではないと思う。
死。Death。この場合はdiedの方が良いのだろうか?それは生物学的な死か、それとも比喩か。文学には『生と死』をテーマとした作品はそれこそ五万とある。数秒だけ考えたが、都子の望む答えがいまいちよくわからなかった。
「哲学ですか?」
「好きに解釈したまえ。生物学上の意味でも、倫理的な意味でも、文学としてのテーマでも構わない」
「はあ。…死、ですか。まあぱっと思いつくのだと、もう目を覚まさなくて…、とか、葬式とかのイメージですかね」
「ふふ、まあそんなものだろうね」
にやにやと笑いながら都子が差し出したのは一冊の文庫本だった。太い青竹から小さな雀が顔を覗かせている素朴な表紙である。ごく薄い文庫本で、一日もあれば読み終わりそうだった。とても『死』だとかそういう物騒なテーマを扱っている本には見えない。
「家守綺譚」
簡潔なフォントで記されたタイトルを読み上げると、都子は実に満足そうに笑って、テーブルの上の茶を指し示した。
「飲みたまえ。今日のお茶は日本茶を用意したよ」
確かに机の上には言われたとおり、素朴な湯呑に鮮やかな新緑色の液体が満たされていた。文庫を机に置き茶を口に含む。からりとしたどこか懐かしい味が口内へと広がる。
「旨いですね」
「ヨモギの生茶だよ。穂先を摘んで熱湯にくぐらせたものだ。家守綺譚を読むのなら、こういった古くからある民間の茶が良い。素朴であり、親しみ易く、手頃な存在でいなければ」
「はあ」
ず、と音をたてて啜ると、鼻の先に特徴のある香りがぬけていく。なるほどこれはヨモギか。初めて飲む代物だったが意外にもクセはない。
「さて、先ほどの命題だけどね。深い意味はないよ。――――…ただ、そう、例えばね。私が既に死んでいる存在だとしよう」
「はあ?」
「例えば、だよ。例えば。今ここにいる私はすでに死んでいるのだ。母から貰った肉体はすでに朽ちて存在しなくなっている。けれど今こうして君の目の前にいる私はこうして喋っていて、君が触ろうと思えば触ることができる。この場合、私の死という定義はどうなると思う?」
「…質問の意味がよくわからないんですけど。それは生きているという状態と変わらないですよね」
「ふふ、この物語の本質はね、そこだよ」
「はあ」
「この物語は明治後期を舞台とした連作短編だ。主人公はとある片田舎に住む貧乏小説家だ。彼自身はなんの不思議もない人物だが、彼の周囲には少々変わり者が多い。例えば、庭に咲くサルスベリの木。彼女は主人公に懸想している。彼が飼っている犬は近隣で人格者と評判だし、近所の和尚は信心深い狸と知り合いだ」
「…そういう人種と知り合いってだけでなんの不思議もない人物ではないですよね」
「そうかい?そしてね、極めつけは彼の親友だ。高堂、という名前で、主人公と大学の同期なのだけれどね。数年前に死んでいるはずなのに、ほとんど毎話登場して、主人公と会話をして去っていく」
少し、考え込む。それは、さきほど彼女が健太にした例え話に似ているような気がした。
「死んでいる――――…とう事は、この物語ではさしたる障害ではないのさ。生と死、種族の差、そんなものの垣根がごく薄い世界の物語だ。古き良き今昔の民俗の描写は実に美しい。――――…神秘がごく当たり前に隣に存在する世界の日常の物語、とでも称するべきだろうね」

レビュー投稿日
2013年1月26日
読了日
2013年1月26日
本棚登録日
2013年1月26日
6
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