ギッシング短篇集 (岩波文庫 赤 247-5)

制作 : 小池滋 
  • 岩波書店 (1997年4月16日発売)
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本棚登録 : 62
感想 : 9
5

早世した私の知人が残した蔵書のなかの一冊に、この文庫本があった。多趣味なその人が選書していたくらいだから、すごく凝った内容なのかと読む前は思っていた。
だが英文学とはいいながら、収録された8編とも、貴族趣味的な高尚さはほとんどない。逆に、庶民の生活感覚からにじみ出た物語であり、日本人も好きそうな身近な題材ばかりだ。

①境遇の犠牲者
イギリスのとある名の通った画家が1人で田舎をめぐっていたとき、小さな兄妹と出会う。「父も画家だよ」と言う兄妹に誘われるままに家に行くと、父は宗教画の大作を制作中だった。訪問者が著名な画家だと知った父は、家が狭くて大作を描くのに適さないなどと弁明しながらも画家に未完成の宗教画を見せる。しかし父が自信をもって描いていた作品に対し、画家のプロの眼は心のなかで正反対の評価を下す。
一方で画家は隅に置かれた風景画に目を留める。宗教画は凡作だが、その風景画は画家も一目置く素晴らしい出来だった…

「境遇」はcircumstancesを訳したもので意味としては正しいが、如何せんそのままでは日常語でないのでわかりにくい。「境遇の犠牲者」とは、つまり知足安分の生活からほんの少し欲を出した者に降りかかった物悲しい結末のこと。

②ルーとリズ
男で失敗した女2人(と1才半のリズの息子1人)は、2人が家賃を折半することで、ようやく屋根裏部屋で暮らせている。2人は喧嘩もするし生活はギリギリだが、腐れ縁のこんな同居もありかなと思っている。
ある日曜日、町のお祭りの人ごみの中で、ルーは自分から逃げていた夫が若い女と踊っているのを見つけた。夫に悪態をつきながらも悪い気がしなさそうなルーの様子を見たリズは、共同生活が壊れるのではとやきもきして…

③詩人の旅行かばん
若い詩人がイギリスを放浪の末、ある町にたどり着く。しばらく滞在しようと考え、とある下宿屋に入って人を呼ぶと、若い娘が姿を現した。詩人は大家の娘だと思い、当面の下宿代を渡して部屋を確保してもらう。いったん旅行かばんを玄関に置いて部屋を見に行った詩人は、外から帰ってきた大家に遭遇するが、大家はそんな娘は知らないと言う。しかも玄関に戻るとかばんがなくなっていた。実はかばんの中には、詩人が放浪中に書きためた詩の原稿が詰め込まれていて…

④治安判事と浮浪者
ある男は、資産家の令嬢と結婚し、治安判事の職も得て、日々雑務に追われるが、お金に不自由なく、人がうらやむような生活を送る。
ある日、法廷でケチな罪で裁かれようとしていた浮浪者然の男を見て、治安判事は元同級生だと気づく。身元を引き受けた治安判事は、その男が貧しいながらも、世界中を渡り歩いていることを聞き、2人が少年時、自由に世界を巡る夢を語り合ったことを思い出す。そして気づく-今の自分には自由なんてひとつもない-と…

⑤塔の明かり
政治家を目指す者にとって不幸なのは、支持者か何か知らないが、ハイエナのように群がり骨までしゃぶり尽くす輩がいること。そういう輩は実際には政治なんてどうでもよくて、自分さえお恵みにあずかれれば、と思っている。この一編は、そんな輩から持ち上げられてご満悦だが、実はたかられて奢らされているだけの元議員が、それに気づき逆に利用しているのか、それとも踊らされているのか、自分でも分別がつかずブレーキがきかない悲劇。

⑥くすり指
原題は“The ring finger”。つまり結婚指輪をはめる指のこと。ローマを旅する男女の出会いの物語で、「ローマの休日」は趣向が違うものの、この小品からインスパイアされたのでは?とも思わせる。

⑦ハンプルビー
何の取柄もない少年ハンプルビーは、学校で“偶然”人助けをしたことで有名人に。だがその後は、平凡だが自分がやりたくないことはやらなくてもいい人生を望んでいた彼に、自分の意思ではままならない事柄が次々と訪れて…
なお、この一編の最後の一行には、自分の人生を自分でコントロールできない状態に陥って疲れ果てたときに効く一言がある。

⑧クリストファーソン
古書店で本を1冊買った語り手の男は、どちらかと言えば貧しい身なりの老人の視線に気づく。男が店を出たとき、老人が話かけてきた。「いまお買いになられた、その本の見返しに書かれている名前に、お気づきになりましたか?」「わたくしの名前なんです」確かにクリストファーソンと署名がある。
老人は零落して蔵書の大半を売り、現在は自宅に少数の本を置くのみらしい。2人は本好き同士ということで意気投合し、語り手の男は老人の家を訪問することになる。そして男は、少数どころか、両側の壁に沿って天井に届くくらいに積み上げられた大量の本を目にする。
本好きとして驚嘆する一方で、奥さんが同居していると聞いた語り手の男は、生活空間を圧迫する本の山が、同居者の奥さんの健康を蝕んでいるという現実を透かし見てしまう…

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年1月4日
読了日 : 2022年1月4日
本棚登録日 : 2022年1月4日

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