毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記

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本棚登録 : 719
レビュー : 153
著者 :
ペレストロ烏賊さん  未設定  読み終わった 

率直に言って、この事件にも木嶋被告にも余り興味はなかった。
それなのに、この本を手に取ったのは、著者のこの事件を見る「視点」に信頼を抱いたからだ。
著者は前書きにこう書いている。
「これまで、女性の犯罪者には、どこか同情できる面が必ずあった。たとえ幼い我が子を殺した女性にだって、もし私が彼女の立場だったならば・・・と想像を働かせるのは難しくなかった。(中略)それなのに、そういった共感や同情を、私は木嶋佳苗に、一切持たなかったのだ」
私も全く同じである。
木嶋被告に対し、自分とは全く違う価値観を持つ女性、自分とは違う世界に生きているような女性だと思っていた。
しかし、本書を読む限り、木嶋被告は紛れもなく私たちと同じ現代の日本に暮らす女性であり、彼女の犯したとされる犯罪は、現代日本の性愛と結婚を具現化したものに他ならないと思えてならなかった。むしろ、彼女に比べ、私はなんと甘ちゃんでロマンチストなのだろう!と打ちのめされさえした。
著者も書いていることであるが、木嶋被告が裁かれているのは、彼女の犯罪だけではない。彼女の性愛観、結婚観も問われており、そこからの逸脱が裁かれているのだ。
この本のもととなった週刊誌記事の連載中、著者は「女目線の記事」との批判を浴びたらしい。この本が女目線であるのなら、この事件の裁判は、徹底して男目線ではないだろうか。有罪・無罪は別として。

この本を読み終わった今なお、私にはやはり、木嶋被告は「理解出来ない」存在である。しかし、読む前よりずっと近くに、彼女を感じている。背筋が寒くなるほどに。

ところで、この本の帯には「“ブス”をあざける男たち。佳苗は、そんな男たちを嘲笑うように利用した」とあり、マスコミも木嶋被告を散々、「ブス」「デブ」と罵ってきた。
しかし、この本を読む限り、木嶋被告は自分のことを「ブス」とは思っていないのではないか、という気がしてならない。美人とも思ってはいないだろうが、彼女は「女としての自分の魅力」に揺るぎない自信を抱いているのではないだろうか。

レビュー投稿日
2012年4月30日
読了日
2012年4月30日
本棚登録日
2012年4月30日
7
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