本書は古代DNA(化石DNA)の研究の歴史と現状をわかりやすく解説した本である.映画ジュラシックパークでは,植物の樹液の化石である琥珀に取り込まれた蚊の血液から恐竜のDNAを抽出し,恐竜を復活させていた.あれが現実にできるのか.誰しもが夢を感じる部分だろう.このような古代DNAを扱う研究分野を分子古生物学という.著者はその分野の専門家である.その著者が,恐竜のDNAも含めて,分子生物学の進展を,ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは交配していたのか?,ルイ17世存命説,カンブリア紀の爆発(カンブリア紀初期における動物の急激な多様化),などとの話題を絡めて丁寧に解説している.また,本書の構成が面白く,前半部で肯定的に書いていたいくつかの古代DNAの研究結果が後半部で誤りであったことや疑いが持たれていることが明かされる.前半部で「へ~,こんなことまでわかるんだ!」という思いが,途中で見事に裏切られる例があるのだ.言ってみれば,本書を読み進める過程で,古代DNAの研究者たちの興奮と落胆が疑似体験できると言っても過言ではない.
古代DNAの研究は夢があり,華やかであるが,古代DNAの研究は難しいのだ.DNAが何万年,何千万年,何億年と保存される可能性はきわめて低い.それゆえ,研究には慎重に期す必要があるし,他者による検証が必要なのだ.本書の最後に述べられている言葉が非常に印象的である.「科学者も人間なので,つい自分に有利な証拠を集めようとしてしまう.しかし,研究をする上で大切な事は,自分に不利な証拠を探すことである.自分で自分の仮説を反証するつもりで,観察なり実験なりを行うことだ.・・(略)・・.そして本来,自分を納得させることは,他人を説得するよりも難しいのだ.」まさにその通りだ.自分には嘘をつけない.研究者はまずは自分自身が,自分の研究の最大の批判者にならなくてはならないのだ.実は著者の更科さんは私の大学院時代の大先輩にあたる.DNA分析の指導などもしていただいていたが,空いた時間に研究のことなどを(ほとんどはゴシップ話でもあったが・・・)語り合った仲だ.上記の事は当時から常々更科さんが口にしていた言葉で,とても印象に残っている.そういう更科さんが,公正に,わかりやすくまとめた本書は,分子古生物学の現状を手軽に知る最良の書である.
- 感想投稿日 : 2012年9月21日
- 読了日 : 2012年9月21日
- 本棚登録日 : 2012年9月21日
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