伝統的なテクストの中の「やさし」から、現代の流行歌に見られる「やさしい」という言葉に至るまでの用法を取り上げ、そこに含意されている内容を詳しく探求することで、「やさしさ」の倫理学という問題領域を描き出している。
著者は、現代において「やさしさ」が求められる理由を、「傷け合うこと」を避けようとする態度に求め、村上春樹やよしもとばななの小説にそうした「やさしさ」を読み取っている。その一方で、人の内面に踏み込まず傷つけあわないための社交術としての「やさしさ」は、現代の若者たちの間に広がっているが、そこにはある種の脆弱性が認められることになる。
ただし著者は、こうした現代的な「やさしさ」を性急に批判しているわけではない。伝統的な用法にまでさかのぼって、日本語の「やさしさ」という言葉の広がりの全貌を見定めたうえで、とくに現代において顕著な「やさしさ」の位置を確定するという作業をおこなっていると言ってよいだろう。
著者は、自然との有機的一体性から人間の自覚ないし反省をくぐり抜けることで、社会的・歴史的な共生倫理を構築しようとした花崎皋平や、「弱い」がゆえの人一倍の愛おしみを他者にも見いだすことで、他者との結びつきをもたらすような「やさしさ」を希求した太宰治、さらに無常観とのつながりにも説き及んで、「やさしさ」の倫理学が考察の対象とするべき諸問題を概観している。
「やさしさ」という窓を通して、日本倫理思想史について展望することができることを示した本として、興味深く読んだ。
読書状況:読み終わった
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カテゴリ:
新書版
- 感想投稿日 : 2014年3月23日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2014年3月23日
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