
カントの議論が、対立する主張の権利根拠を吟味する「法廷モデル」に基づいて構成されていたことを明らかにする試み。当時の論理学書や、ヴォルフ学派、ランベルトやメンデルスゾーンといった同時代の哲学者たちの議論とカントの関係についても比較的くわしく説明されており、たいへん勉強になった。
カントは判断の質を三つに分けているが、肯定判断「AはBである」、否定判断「AはBでない」とはべつに、無限判断「Aは非Bである」を立てる必要性はどこにあるのだろうか。著者は、当時の論理学の教科書を渉猟して、無限判断が個体についての「汎通的規定」を含意していたことを明らかにする。個体についての汎通的規定とは、「Aは非Bである」という判断によって、Aが単なる無ではなく、Bではない「何ものかである」ことを意味する。論理的なレヴェルでは、コプラを否定する否定判断と述語を否定する無限判断との間に差異を見いだすことはできないが、一段高いレヴェルである実在のレヴェルにおいては、無限判断はAが「何ものか」であることを表わしているのである。
著者は、カントが「汎通的規定」の意味を変更しつつ、無限判断を導入していたと論じる。形式論理的なレヴェルでは排中律に基づいて矛盾対当を構成しているかに見えるテーゼとアンチテーゼの対立が、一段高いレヴェルである超越論的なレヴェルに立つことで、じっさいには仮象の対立であることを見抜くことができるとカントは考えていた。アンチノミーの解決はこのようにしてもたらされる。こうした批判哲学の議論は、たがいに対立する主張の権利根拠を吟味する「法廷モデル」に則って構成されている。著者は、カントの用いる「演繹」(Deduktion)という語が、一般に理解されているような、普遍的原理から諸命題を導出することとは異なり、当時の法学の用語に則って使用されていることを説得的に示している。
ベルリン・アカデミーの懸賞論文でメンデルスゾーンは、形而上学は三段論法的・数学的方法に基づいて解明されうるというヴォルフ学派を継承する立場を採った。これに対してカントは、形而上学は数学的方法とはべつの方法によって解明されなければならないと主張していた。やがてこの方法が「法廷モデル」として明確にされることで、カントの批判哲学の体系は生まれたのである。
- レビュー投稿日
- 2011年3月25日
- 読了日
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- 本棚登録日
- 2010年11月2日