ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか (角川文庫)

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penguinlondonさん 自然科学   読み終わった 

人類がチンパンジーとの共通祖先から分かれて700万年かけてホモサピエンスとなり、その後20万年かけて現在の人間に至った。その間の我々の「心」の進化を追ったNHKスペシャル『ヒューマン なぜ人間になれたのか』の取材記。農耕革命、貨幣経済の始まり、といった文明的・技術的な発展とともに、「心の変化」に着目しているところが新しい。


第1章「協力する人・アフリカからの旅立ち」では、南アフリカの10万年前の洞窟遺跡から発掘された遺物から、当時の人類がすでに身体を飾る装飾具を持つなど抽象的な思考を行い、それらの装身具を周辺の人々と交換するなど、「分かち合う心」を持っていたことが明らかにされる。分かち合ったり協力したりすることは、チンパンジーなどの類人猿には見られない行動だという。そして、そのような心の起源は、インドネシア・スマトラ島のトバ火山の大噴火による気候の大変動に際し、協力することのできる者だけが生き延びることができたことから生じたのではないかという。

第2章「投げる人・グレートジャーニーの果てに」では、人間のような「心」や言葉をも持っていたとされるネアンデルタール人やホモ・エレクトスなどの他の「人類」と我々ホモ・サピエンスを分かったものが「飛び道具」の使用であるとする。そして、ホモ・サピエンスは、飛び道具を使うことにより、小動物等の食物獲得に飛躍的な優位を得て、活動範囲を地球全体に拡げることに成功した。そして飛び道具は、それだけでなく、大集団における治安維持を可能にし、協力可能な人々の集団のサイズを、それまでの150人程度から数千人規模にまで拡大することを可能にしたということを、アメリカインディアンの遺跡跡から明らかにする。

第3章「耕す人・農耕革命」では、農耕の開始についての最新の研究成果が明らかにされる。まず、農耕の開始について、以前考えられていたように、農耕が定住を導いたのではなく、定住するようになった人類が農耕を開始したのだという。また、意外にも、野生種の栽培種化というのは、2000年もの長い年月をかけて徐々に進んだのだという。確かに野生種の栽培種化にそのような時間と労力を要するのであれば、定住しなければとても不可能であろう。そして、そのような栽培種は、もともと主食とされていたものではなく、従来は祭などの特別な時に食べられていた麦や米などの希少で美味な食物を大事に育てるうちに、農耕で食べていける収穫量が確保できるようになったという「お祭り説」が現在では有力だという。さらに、従来は農耕が定住や大きな社会を生み出し、更にそれが宗教を生み出したと考えられていたが、むしろ宗教が農耕開始に先行していたのではないかという視点で現在、研究が行われている。

第4章「交換する人・そしてお金が生まれた」では、都市の誕生と文明の発展について。貨幣のないピグミーの社会では、人々は獲得した食料を平等に分け合い、独り占めや「自分が採った」との自慢が最も嫌悪される行為という。興味深いのは、そんな社会でもやはり人間の本能はより多くのものを欲しがるということ。隣人に「見られている」という意識と不断の努力が社会の平等を維持してきた。これを根本的に覆したのが貨幣経済の出現であり、本当の意味で社会を変化させたのは紀元前550年頃のアテネにおける「コイン」の出現。もちろん「交換が分業を生み、分業が都市と文明を発展させ」、社会の「交流をスムーズにした最大の発明がコイン」であるから、貨幣経済やコインなくして人類の進歩はなかった。が、他方、これらはそれ以前には存在しなかった「無限の欲望」を生み出した。この時代のアテネで盛んになったギリシア悲劇や喜劇の多くがこの「無限の欲望」をテーマにしているのは、コインの誕生からごく短期間で人々の間に蔓延するようになったそれが、当時の社会にどれほどの衝撃を与えたかを表している、という指摘は衝撃的。ホメロスの叙事詩が描いたのは人々が互いに助け合うコイン誕生以前の物語。ギリシアの演劇が生まれたのはコイン誕生後で、そこで描かれる「悲劇とは、極端な個人の孤立についての異様な神話的表現」なのだ!一方でコインは格差を生んだが、他方でコインは個人の解放を生み、コインの前ではすべての人は平等であるという意味で平等化を進める力ともなった。そして古代ギリシアの文化が我々にとって馴染み深いのは、彼らが、我々の生活を支配するお金を持つようになった最初の人々だからなのだ。アテネにコインが生まれたとき、現代人の心が生まれたのだ!

大変面白い本。特に、アテネの人々が、お金に基づく個人主義が、人々が共通の目的を持つことを非常に困難にし、社会を崩壊させる力を持つことに危機感を持ち、警告を発していたというくだりでは、人間の本性を的確に見抜いていた古代ギリシア人の叡智に大変感銘を受けた。

しかし、NHKスペシャル取材班の執筆した本を読んでいつも思うのは、その文体へのなんとも言えない違和感。短い文を重ねていくテレビ独特の語り口は決して悪くない。が、なんとも言えない「軽い」文体は何か気持ち悪い…。

レビュー投稿日
2017年3月5日
読了日
2017年3月5日
本棚登録日
2014年11月20日
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