あなたを選んでくれるもの (Shinchosha CREST BOOKS)

  • 新潮社 (2015年8月27日発売)
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感想 : 108
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『世界の端っこをめくって中をのぞきこみ、その下にある何かを現行犯でつかまえようとしつているーーその、"何か"は神ではなく(「神」という言葉は問いであると同時に答えでもあって、だから想像をふくらませる余地がない)、それに似た何かべつのものだ』ー『 アンドルー 』

岸本佐知子フォロワーでいることとは、一風変わった作家と付き合うということ。ニコルソン・ベイカーしかり、ジュディ・バドニッツしかり。ポール・オースターは柴田元幸翻訳であるべきだと思うけれど、少し薄暗いところのある作家を柴田さんが翻訳するとスマートに柔らかくなり過ぎる。例えばミランダ・ジュライのような。

ミランダ・ジュライは翻訳が待ち切れずに苦労しながら原文で読み始めてしまいたくなる作家。もちろん読解力に問題はあり、ニュアンスを掴み損ねてしまうことは承知の上で。「It choose you」も一応読み通したし、それなりに楽しめた筈と信じたい。けれどやはり掴み損ねているものは大きくて、例えばタイトルのニュアンスだって、原文では少し宗教的なニュアンスを感じていたのだけれど「あなたを選んでくるるもの」と訳出されるとミランダ・ジュライ的存在論の響きがきちんと伝わる。岸本さんの訳はホントにいいね。

『なぜならドミンゴは今まで会った誰よりも貧乏だったから。もっと不幸だったりもっと悲惨だったりする人は他にもいたけれど、いっしょにいて、彼ほどいやらしい優越感をかき立てる人はいなかった。わたしたちはわたしのプリウスに乗って帰った』ー『マチルダとドミンゴ』

ミランダ・ジュライのどこがそんなにいいのか、他人に伝わるように説明するのは難しい。何故ならば、読みながら自分自身が混乱してしまうから。そしてその混乱した感じが楽しいから。でもそれは単なる混沌ではなくて、自分が知らない何かを納得しようとするためのじたばたとした足掻き。自分自身の中にはそれを説明出来る言葉を持たないのに、何とか自分の知っている概念を組み合わせてそいつを一つ処に納めようとする努力。足掻いている内にはっきりと答えが出る訳ではないけれど、何となく今までとは違う理解が急に湧いてくる。そのことにとても共感できるから楽しいのだと思う。もちろん本書はドキュメンタリーなので、映画「君とボクの虹色の世界」のように直接的にミランダ・ジュライの精神性が見え易く、そういうじたばたした有り様は直接的に言葉に置き換えられているけれど、彼女の短篇集「no one belongs here more than you」はフィクションだけれど、やはり同じような感慨は湧いてくる。例えばそれは保坂和志の面白さや、柴崎友香を読む楽しさと通じるところがあると自分は思う。但し、繰り返しになるけれど他の人が同じように面白がるのかどうか、自分には分からない。

その頭がぐるぐるする感じは原文で読んでも同じように感じるのだけれども、その後に付いてくる自分自身の悩みに落ち込むスパイラルは、岸本佐知子の翻訳を読むと一層深くなる。日本語だと読む行為と考える行為がある程度同時平行的に進むので、目線だけか先へ先へと進んでしまって頭が置き去りにされ何度も戻って読み直すということになる。それは自分にとって最も楽しい読書の在り方なのだ。早く「My first bad man」も訳して下さい!

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2015年11月4日
読了日 : -
本棚登録日 : 2015年11月4日

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