思い出す事など 他七篇 (岩波文庫)

  • 岩波書店 (1986年2月17日発売)
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感想 : 26
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「思い出す事など」、この平らかな表題が好き。随筆は、硝子戸の中より、こちらのが、正直で淘汰された言葉が読めると感じる。
前期三部作の最終作「門」を書いた後、胃潰瘍が悪化し、胃痙攣、酸液の嘔吐、胃痛に散々苦しみ大吐血をして経験した三〇分の死。
死から戻った後、病床で尚も、様々な事を推察し思い巡らせる。興味深いのは、その精神状態の純度の高さと、冷静な眼と、概念化の低さ。そこには、則天去私の萌芽が感じられる。
病に生き還ると共に、心に生き還った漱石は、あれほど辛かった病に謝する。
何事もない、何物もない大空に、透明度の高いものが二つピタリと合い、縹渺たる気持ちを得る様には、嘘という一点の雲の無さのようで、幸せって、何も起こらないことなんじゃないかと思う。
ある人は死んでいき、自分は生き延びた、その生き還った嬉しさも、日に日に自分から遠ざかって行くとも告白した。始終、傍にあるならばと願う様には、真面目さと人間を見る。
それにしても、漱石の書くものは、こんな脱力した雑記録のような作品でさえも夢に似て美しさがあって、巧い。
他、ほぼ同時期に書かれた二葉亭四迷、ケーベル先生、正岡子規、池辺三山についての随筆からは、他人を語る事で反射して映る自身を見ることが出来る。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 夏目漱石
感想投稿日 : 2017年1月6日
読了日 : 2016年12月29日
本棚登録日 : 2016年12月29日

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