私の1960年代

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著者 :
piccolo33さん  未設定  読み終わった 

著者は、1960年代の学生運動において、かの有名は1969年の安田講堂事件の時の東大全共闘議長であり、日大全共闘議長の秋田明大とともに、全共闘を代表する人物であった。

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全学共闘会議(ぜんがくきょうとうかいぎ)とは・・・(ウィペディアより)
全学共闘会議は、1968年から1969年にかけて日本の各大学で学生運動がバリケードストライキを含む実力闘争として行われた際に、ブントや三派全学連などが学部やセクトを超えた運動として組織した大学内の連合体。略して全共闘(ぜんきょうとう)。
全共闘は各大学等で結成されたため、その時期・目的・組織・運動方針などはそれぞれである。中でも日大全共闘と東大全共闘が有名である。東大全共闘では「大学解体」「自己否定」といった主張を掲げたとマスコミが伝え、広く流布した。「実力闘争」を前面に出し、デモでの機動隊との衝突では投石、ゲバルト棒(「ゲバ棒」)も使われた。
(追記)安田講堂事件では、更に建物の上から火炎瓶や劇薬散布も行われ、機動隊にもかなりの重傷者が出た。日大闘争では、16kgのコンクリート塊を建物の上から投げつけたことで、機動隊に死者も出ている。
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ただ学生運動終息後は、日大全共闘議長の秋田明大は、一転して芸能界やマスコミに度々登場し、その思想信条のいい加減さをさらけ出したのに対して、山本義隆は全共闘に関するマスコミ取材は一切受けることなく、表舞台から去り、予備校で物理を教えながら、在野の物理学の研究者として研究を続けた。
その彼が、自分の過去に初めて触れたのが本書であり、興味を持ったので、読み始めた次第です。

本書を読んで、全編を通じて感じたのは、現在においても、物の考え方や表現が、学生運動のアジ学生が叫んでいたのと全く変わっていないのが、何か違和感を感じさせます。
もう少し客観的な視点から振り返って欲しい気がしました。

1969年11月に司馬遼太郎は、「学生運動と酩酊体質」という講演を行っています。
その中で、以下のようなことを述べています。

思想や宗教はフィクションつまり「うそ」であり、その「うそ」を信ずるには、狂おしい心が必要となる。極論するとうそか本当か分からないけれども、とにかく信ずると。
それは酔っ払いの状態と同じであり、思想の酔っ払い、それも集団の酔っ払いになると、一種のヒステリー状態を起こす。平素の個々の人間とは違う行動を取る。異様な雰囲気のなか、集団的な、ひとつの信仰的な行動が始まる。

前述した「客観的な視点から振り返って欲しい」というのは、この司馬遼太郎が言う「酩酊体質」ではなく「非酩酊体質」の視点から見た「私の1960年代」という本を書いて欲しかったという気がします。

具体的には、安田講堂に立てこもって機動隊を迎え撃つということは、「玉砕ごっこ」(この言葉が正しいか否かは?です)が、はっきり判断できるのに、彼らは「玉砕ごっこ」の道を選んだのですが、この考え方に対して、今はどう思っているかなどの見方を示して欲しかった。

本著では酩酊状態から未だ目覚めずという感がします。

レビュー投稿日
2017年12月29日
読了日
2017年12月29日
本棚登録日
2017年12月29日
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