すばる 2019年 10 月号

3.50
  • (1)
  • (1)
  • (4)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 16
レビュー : 5
pinkchouさん  未設定  読み終わった 

『背高泡立草』

福岡に住んでいる(2組の)母娘が、離島に暮らす祖母の家に行き、納屋の周囲の草刈りをする…メインの物語の筋としては、主にこれだけである。
だが、「昼」「夕方」などの断章名がつけられた現在の時間軸の物語の合間合間に、「芋粥」「カゴシマヘノコ」といった別の時代(中には江戸時代まで遡る話もある)の物語が差し込まれている。このような過去と現在の挿話を行きつ戻りつするのは作者の古川さんの過去の作品でも用いられた表現の方法だと思われる。
例えば、現在の時間軸の物語の中で離島の吉川家の古い自宅のことについて短い会話がされると、その後の章ではその古い自宅に戦後、朝鮮半島へ引き揚げようとして難破してしまった人たちを助け入れ、食料などを振る舞ったことがあった、そのことについて語られる。そのように、過去と現在を往復するといっても、自分たちの家族史的なものというよりもその離島全体の、その土地にまつわるエピソードといった方が良い。その点、別の古川さんの作品とは異なるように思った。
現在納屋は特に使用されておらず、島には祖母がいるだけで、しかも内容をよく読むと、母親の美穂が養子に入った家の所有物ということだから、はっきり言って除草しなければいけない合理的理由はない、娘の奈美が何度聞いても納得のいく説明はないまま、草刈りは進められていく。だが、ここで表現されているのは、やっぱり草刈りは必要なんだということ。設定としては、離島出身だが今は福岡の都会に住んでいる50歳?くらいの母美穂、娘の奈美は会社勤めで20代くらい。私も同様の境遇なので個人的に理解できるのだけど、年老いた祖母が離れたところに住んでいる、複数持ち家があるし、納屋もある。途中奈美も思っていることだが、自分が結婚したら。祖母が他界したら。そういうことが1つでも起こったらもしかしたらその土地、その家にはもう行くことはほとんどないかもしれない、それくらいの繋がりしかないのに、それでもたまに帰りたい、ようは草刈りは口実でしかないのである。
ただそれだけであればノスタルジックな物語に終始するが、古川さんはそれに別の時代、全くの他人の挿話も入れることによって、その土地をめぐる物語を重層化していると思う。
本作品の良いところは、作中人物たちの内省的独白的な部分が少なく、会話と物語の進行が大部分であるのに、読了後、作者の表現したいことがしっかりと立ち現れてくると感じられる点。
しかし、それはこれまでいくつか古川さんの作品を読んできているからこそ、何となく感じ取れたのだろうか?そうであるなら、欠点でもあるかもしれない。これまでも芥川賞候補になるたび、「吉川家サーガ」の連作短編的な1つなのだから、個々の小説としては…という意見もあった。
けれど、これまでのような文章の読みづらさ、不必要な長さ、晦渋さは改善されていると思われる。

レビュー投稿日
2020年1月11日
読了日
2020年1月9日
本棚登録日
2020年1月9日
0
ツイートする
このエントリーをはてなブックマークに追加

『すばる 2019年 10 月号』のレビューをもっとみる

『すばる 2019年 10 月号』のレビューへのコメント

まだコメントはありません。

コメントをする場合は、ログインしてください。
ツイートする