文學界 (2020年9月号)

  • 文藝春秋 (2020年8月7日発売)
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砂川文次さん『小隊』
北海道を舞台に、自衛隊が直面する架空の戦闘を描いている。相手はロシア軍とされているが、戦闘ないし戦争?に至った過程などは具体に描写されないし、確かにあまり重要ではないかもしれない。
以前芥川賞候補になった、『戦場のレビヤタン』に比較すると、はるかに面白く読んだ。前回は(うろ覚えだが)、プロットの間に、少し長めの、抽象論のようなパートがあり、小説の筋書きとの肉付けが浅いように感じられてしまった。また、海外の傭兵を題材にしていたこともあり、著者が述べたいことがまずあり、それが前面に出て筋書きの展開とあまりリンクがないように感じられた、つまり、現実の我々からは遠い、空論をかざしているようにも思えた。
これに対して本作は、日本が舞台でもあり、戦闘で次々に自衛隊員が死んでいく様は、そのように表現していいかわからないが取り急ぎ、我が身に起こり得ることとして、それもかなり具体に想像できる死の体験の一つの例として読んだ。
前作のように「思想パート」と「出来事パート」が分離してはいない。例えば、1対1で対峙した敵兵を射殺した後、劣勢になってから安達は「もっと嬲って殺してやればよかった」と言っている。あとは、路傍にフキが咲いていることにふと注目する箇所などは、とても面白かった。抽象語で直接的に解説を加えるのではなくて、個別の作中人物の言動から立ち上ってくる、読み取れるようなことで表現する手法に代わっている。それは大きな変化と思う。
一方で、思考が「散逸」するとか(思考は散逸するのだろうか?)、生起するという単語を多用しているなど、言い回しに少し気になる箇所もある(もちろん、私なんかに指摘されたくはないだろうが・・)。
また、そう言っていいのかわからないがこうした戦記物(?)を評価するのは難しいと思う。太平洋戦争を扱った、大岡昇平や阿川弘之などの小説はこれまでも読んできたが、戦争を題材にしていることそれ自体が、そもそも一定の様式化・形式性を持つと言っていいのではと思う。先行するこうした戦記物でも、極限状況の中で仲間を裏切ったり、背信行為に及んだりする例は描かれる。普遍的であるということと、新しさとは別だけれど、それでも、「戦争」を扱ったらこうなるだろうな、という既成観念を打ち破ることに成功しているのかどうかに、本作の評価がかかっている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年1月1日
読了日 : 2021年1月1日
本棚登録日 : 2021年1月1日

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