愛されたもの (岩波文庫)

  • 岩波書店 (2013年3月16日発売)
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本棚登録 : 112
感想 : 12
5

原題は“The Loved One: An Anglo-American Tragedy”。イーヴリン・ウォーの新刊が出ると聞いていて脳内キープしていたら、ほぼ同時期に光文社古典新訳文庫からも発売されたのを知って驚いた。同じ作品がこれだけ近い期間にバージョン違いで発売されるというのは珍しいと思うので、どっちも読んでみたいとは思ったものの、とりあえず、順番としてまずこちらを手に取った。

舞台はアメリカ。イギリスからアメリカへ渡って仕事をしている男性2人の会話から始まる。片方の、年上の男はそれまでそこそこ成功していたらしいが、年下のほうはそうでもないらしい。そもそも、当時、そこそこの身分のあるイギリス人がアメリカで働くということは「都落ち」に近いらしく、決して愉快な会話ではない。そんな会話が延々と続き、文庫の惹句などでぼんやりと情報を得ている読み手としては、どこで物語の本筋に持ってくるのか…と少々やきもきする。でも、ある瞬間でそこにすうっとつなげていく巧みさというか、展開を読ませない序盤は見事だと思う。

皮肉に富んだ作品といわれるが、あちこちに地雷のようにまかれている(と思われる)皮肉にまったく気付かずに、ストーリーを追って読み進むだけでも面白い。主人公・デニスの出入りする業界というのはかなり特殊で、彼と接点を持つ数人も、特殊なキャラクターだと思う。デニスが詩人の経歴を持つため、キーツやテニスンなどを引用しながら進む、繊細な芸術家ともいえる職業人たちの繊細な感情のやりとり…と思いきや、その方向が徐々に狂ってきて「えええっ?」となり、「お前ら、そういうヤツか!」という黒さでくるんで一気に盛り上げてばさっと切るという、もう衝撃の作品ですよ、これ。いやあ、ひさびさにびっくりしたし、笑っちまったよ、あたしゃあ。

訳については、出淵博氏の訳をできるだけ残した、中村健二氏による改訂ということで、クラシカルな文章運びだと思うけれど、決して読みにくくはない。訳注に少々ネタバレ感が漂うものがあるものの、それが呼び起こすイメージを知っていたほうがいい、という訳者さんの配慮であるから、そこは許容範囲かと。この感想を書いている時点で、光文社古典新訳文庫版をまだ読んではいないけれど、タイトル訳などの点からなんとなく、こちらのほうがいいのではないかと思っている。短い作品なので、原著を読んでみても面白いかな?と…ただし、私に根性があればの話。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 驚きとともに読んだ本
感想投稿日 : 2013年3月23日
読了日 : 2013年3月23日
本棚登録日 : 2013年3月18日

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