ニセ札つかいの手記 - 武田泰淳異色短篇集 (中公文庫)

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レビュー : 6
著者 :
Pipo@ひねもす縁側さん 驚きとともに読んだ本   読み終わった 

本屋さんで「武田泰淳の新刊出たんだ、でもなぜ?」と思って手にとった1冊。聞けば、今年は生誕100周年だという。奥さま・百合子さんの『富士日記』は今でも読まれることが多いように思うけれど、静かで非常に格調高く、しかも苦くて重苦しいものがずーんと心の奥底に残るような、武田泰淳の一連の作品が進まれる機会はとても少なくなっているのではないかと思う。私も、結構好きな作家さんながら、読まなくなって久しいので、いい機会だからと読んでみた。

「異色短篇集」と銘打っているとおり、バラエティに富んだ作品が収録されている。最初の『めがね』の書き出しにはやられた。すごくさりげなくもインパクトがあり、すっと小説に入りこんでいける。ひどい近視で眼鏡が手放せない男と、こちらもまたひどい近視なのに、眼鏡をかけようとしない女。女の眼鏡を男がうっかり割ってしまうところから、二人の世界のとらえかたのずれが描かれる。波風が立ちそうで立たないものの、不器用な恋愛(でも決して恋愛ドラマではない)と二人の価値観の開きがドラマチック。向田邦子ドラマに似た空気を感じた。『「ゴジラ」の来る夜』で描かれる、来襲するゴジラを迎え撃つ特攻チームの、密室殺人をめぐる大騒ぎには、筒井康隆作品のスラップスティックさを感じながら半笑いで読んだが、落としかたには苦さと絶望感をしのばせており、ちょっとぞくっとする。やるな、武田SF!

表題作『ニセ札つかいの手記』や『白昼の通り魔』も、じわじわと重くビターで鮮やかな面白さなんだけど、個人的に好きなのは、『空間の犯罪』。不具の男が、極道にののしられた一言をきっかけにあることに挑むさまと、そのはざまで心ならずも犯してしまう罪の顛末。不具が理由で戦時の徴兵を免れたこの男が、「自分よりもはるかにまっとうな人間が戦争で死んでいるのに、生きていてもしょうがない自分が、なぜここに生きているのか」という引けめを感じ、ガスタンクのてっぺんに上りながら憔悴していくさまが重苦しく、克明な苦い描写でくらくらくる。「どんな結末でもいいから、早く終わらせてやってくれえ!」と読んでる途中に何度か吐き出してしまいそうになった。ザ・武田泰淳な面白さと苦さの密度が高い短編だと思う。

どの作品も、武田泰淳ならではの苦さに満ちたイヤ感が漂いながらも、スットコSFからノワールに映画エッセイと、エンタテインメントにあふれた多芸さを楽しめる、ディープインパクトな短編集でした。以前読んだ、ラノベ設定仰天中華活劇『十三妹』といい、しかめっ面の純文学おっさんじゃなくて、トンデモな面白小説おじさんなんですな、武田泰淳は。しかも猫好きの。

レビュー投稿日
2012年11月2日
読了日
2012年11月2日
本棚登録日
2012年9月3日
3
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『ニセ札つかいの手記 - 武田泰淳異色短篇集 (中公文庫)』のレビューへのコメント

花鳥風月さん (2012年11月4日)

生誕100周年だったんですね。本屋で見かけて「なんで今頃武田泰淳なんだろう」と思っていました。

『十三妹』私も昔読みましたよ(あの表紙で「? これは?」と思ったもので)
Pipoさんの『十三妹』レビューも楽しいです。おっさんテイスト(笑)

Pipo@ひねもす縁側さん (2012年11月4日)

「武田泰淳まつり!」と『ひかりごけ』やら何やらを並べて、すごく地味なブックフェアをやっている本屋さん、なかったですよね…やっぱり(笑)。

『十三妹』は、アニメ化されても楽しそうな作品だと思いますが、あのおっさん講釈テイストがなくなるとただの萌えアニメかも…と想像したりしています。

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