タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源

  • みすず書房 (2018年11月17日発売)
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感想 : 88
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ずいぶん前に読んだのだけれど、あらためてじっくり読んだので。

まず、表紙勝ちの訳書だと思う。原題のメインタイトル部分に「タコ」を入れ込んだ邦題、華麗に足をぐるぐる巻いた博物画の装丁。これにそそられない読書好きはなかなかいない。しかも、著者は哲学の研究者。どうしてタコなんだ。ただタコが好きなだけなのか、タコには哲学上の大きな命題を解く鍵が何かあるのか、という引っかかりもこの本を読む理由としては十分である。

哲学の分野においては「精神と物質の関係」は積年の研究テーマであり、感覚、知性、意識というものが物質からいかに生じるかという筆者の興味の対象にタコ(とイカ、つまり頭足類)が選ばれ、その進化が各種の研究を紹介しながら追いかけられていく。観察対象となったタコやイカの様子がリアルに、しかも親しみをもって語られるのはチャーミングだし、彼らの寿命の問題で、警戒心をそれほど抱かれなくなった個体とのつきあいがあまり長く続かない、あるいは研究期間を長く取れないというところにはほんのりとした哀しみが漂う。

日本の読者の大部分にとって、タコは「生前には彼らもいろいろ考えているかもしれない」という思いがよぎるものの、最終的には唐揚げや煮つけや刺身の食材なので、そこまで突っ込んで考えることはないと思われる。だがそこに、「タコ・イカを切り口に、ここまで地球上の生物の進化を考えられるのか(生物学の研究では常識かもしれないが)」と見せつける面白みが圧倒的。紹介される学術的知見に圧倒されつつも、頭足類への思い入れが暑苦しくないのは、筆者のスタンスにあることはもちろん、訳文の適切さにあるのだと思う。

巻末の原注・索引もしっかりとしており、基本的には研究書。でも、カンブリア紀のバージェス古生物群を扱ったスティーヴン・ジェイ・グールド『ワンダフル・ライフ』のような、サイエンス・ノンフィクション寄りの読み物、ハラルト・シュテンプケ『鼻行類』やレオ・レオーニ『平行植物』などの博物学的海外文学に親しまれるかたにもお勧めできる作品。

※ 本年の日本翻訳大賞にも推薦した作品なので、同賞に寄せた自分の推薦文をアレンジしたため、重複している部分があります。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクションも好き
感想投稿日 : 2019年4月16日
読了日 : 2019年4月16日
本棚登録日 : 2019年1月27日

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