以前読んだ記憶があるものの、記憶がはっきりしないのと、先日、漱石先生と西洋美術(特にイギリス美術)を扱ったアート番組があったので再読。
ロンドン塔はもともと、王室にきわめて近い罪人を幽閉し、処刑するための施設である。今ならクリーンな歴史観光施設として人気のスポットだ(と思う)が、漱石先生が英国に留学されていた時代では、そういった「監獄」の趣きは今よりも格段に濃いものだっただろうと思う。
逆賊門を通り抜け、ボーシャン塔をのぼっていくと、ここで命を絶たれた人々の嘆きや憤りといった、見えるはずのないものが漱石先生の目に見えてくる。実際、見えてきてもおかしくないと思う。親から離され、幽閉された幼い兄弟。壁に記された、自らの一族の歴史を誇らかに読みあげ、かたわらの子供に聞かせる貴婦人。処刑の後、刃の欠けた斧を歌いながら研ぎなおす首切り役人…どれも史実や著名な文学作品・絵画のパーツでありながら、漱石先生流に巧みにつなぎあわされている。たまさかロンドン塔へのぼってみた漱石先生のエッセイという形をとっているが、ロンドン塔の歴史に材をとったゴシックホラーの趣きがあって、日の当たらない石の壁に手を置いたときのような、薄ら寒い気分にとらわれる。
エッセイの終わりに、「これとあれとそれをつないでみましたが、あんまりうまくいきませんでした」的な先生の釈明が書かれており、そこには『薤路行』と同じく、先生の照れを感じる。いやいや先生、何をおっしゃいますやら。まったくもって見事なお手並みでございます。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
ひっそりと静かな本
- 感想投稿日 : 2013年6月13日
- 読了日 : 2013年6月13日
- 本棚登録日 : 2013年6月13日
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