忘れられた日本人 (岩波文庫)

3.95
  • (220)
  • (195)
  • (201)
  • (17)
  • (6)
本棚登録 : 2474
レビュー : 213
著者 :
ぽんきちさん 民俗学   読み終わった 

民俗学者、宮本常一(1907-1981)の代表作。

本の存在は知ってはいたが、何となく取っ付きにくい印象で未読だった1冊。読んでみようと思ったのは、本書に収録されている「土佐源氏」を一人芝居として演じ続ける役者のドキュメンタリーを見たためである。

土地土地を丹念に回り、古老らからじっくり聴き取った話をまとめた文章が13編収録される。雑誌『民話』に「年寄たち」と題して連載されたものを元に、加筆・修正したものである。

なるほど、後世に名を残すことのなかった人々の日々の記録だが、想像をはるかに超えておもしろい。古老の語りに加えて、著者の考察が入り、往時の風景が生き生きと立ち上がる。
貧しくはあっても、厳しい生活ぶりでも、深く豊かな庶民の暮らしを読み進めるうちに、何だか高揚感さえ覚えてしまう。
一種、不思議な読書体験である。

一編目の「対馬にて」は、九州北方の島、対馬を著者が訪れたときの話。
村の記録文書を借りられないか聞いてみたところ、「寄りあい」で聞いてみなければと話し合いが始まった。この寄りあいが延々と終わらない。文書貸し出しに関係する細々したことがあれこれと話題になる。ほとんど世間話のような話も出る。そしてまた元の「議案」に戻る。遠くからやってくるものもいる。途中で自分のグループに持ち帰って聞いてみると帰るものもいる。ゆるりとした雰囲気の中、緩やかな話し合いが続き、そろそろよいだろうという頃合いで「ではこうしよう」とことが決まる。
悠長なようではあるが、こうした過程で各々が了承することが大切であった。またこうした機会に、付随して、地区間の知識のやりとりも行われたことも見逃せない。「寄りあい」は地域の重要な決定機関だったのである。

五編目の「女の世間」では、女たちの結びつきに着目する。
女には女のつながりがあり、そのつてで遠くに出稼ぎに行ったり、奉公に出たりした。島に住む女たちにとっては、余所の土地を経験することが一種のステイタスであり、習い覚えた言葉を使うのがちょっとした自慢となった。
田植えの際には愚痴を言い合ったり、男衆を構ってふざけたり。艶聞混じりの笑い話も賑やかに語られる。皆でわいわいやるイベントのようなもので、話のうまい人や仕事をてきぱきこなす人を中心に、大変ではあるが楽しいひと時だったという。

冒頭で触れた「土佐源氏」は、盲いた元博労の一人語りである。今では橋の下の乞食小屋で人の情けを受けて生きているが、若い頃はあれこれと女遍歴もあり、それがつまりタイトルの「源氏」の由来である。
博労というものは牛を売り買いして歩き、村で地道に定住する生活は送らない。語り手はどちらかというと、最初から自発的に定住生活からドロップアウトしてしまったような、いわば外れ者なのだが、不思議と女性には受けがよかったようだ。村組織に入っていないため、娘相手の夜這いの仲間にはなれなかったが、後家や良家の奥方とわりない仲になったりする。「どの女もみなやさしいええ女じゃった」と語り終える老乞食の傍らには、古女房の老婆がいまだについていてくれるというのも何だかすごい。

著者の自伝的な話が混じる「私の祖父」もいい。
著者が小さい頃、山の小さな井戸に住み着いている亀の子がいた。山に行くたびに見るのを楽しみにしていたが、狭いところに閉じ込められてかわいそうと、あるとき、祖父に頼んで井戸から引き揚げてもらい、家に連れ帰ることにした。縄にくくってぶら下げていくうち、なんだか知らないところに連れていかれる亀が気の毒になってきた。泣き泣き戻った著者に、祖父は「亀には亀の世間があるのだから、やっぱりここにおくのがよかろう」と言って、井戸に戻してくれたという。
働いても働いても貧乏で、特に役職に就くこともなく、ただただ「納得のいかぬことはしない」生涯を貫いた祖父。やはりこれはひとかどの人物だったのだろう。

本編に出てくる人々の生涯も興味深いが、にじみ出る著者の取材姿勢も味わい深い。本当に津々浦々、よく歩き、よく聴き、よく書き取ったのだと思う。
単純な性善説というのではないが、この人は人間という存在が好きで、そのありようをどこか深いところで信頼していたのではないかという気がする。それが全編の底にある「朗らかさ」の一因であるのかもしれない。

総じて、表面だけ見れば、現代の方がさまざまな選択肢があるようでいて、意外に生き方の多様性は失われているようにも見えてくる。
ろくでなしでも、はぐれ者でも、意外に昔の方が鷹揚に受け止めていたようにも見えるのだ。もちろん、一概に昔はよかったとは言えないし、いずれにしろ「共同体」が崩壊してしまっていればありえない形なのかもしれない。
加えて、本書では、中国・四国・九州北部の話が中心であるため、地域によって、風土や気質による違いは幾分かはあるだろう。
とはいえ、ここに語られる「忘れられた」人々の姿は、単なる郷愁を越え、多くの示唆を孕んでいるように思える。

レビュー投稿日
2018年1月8日
読了日
2018年1月8日
本棚登録日
2018年1月8日
3
ツイートする
このエントリーをはてなブックマークに追加

『忘れられた日本人 (岩波文庫)』のレビューをもっとみる

『忘れられた日本人 (岩波文庫)』のレビューへのコメント

まだコメントはありません。

コメントをする場合は、ログインしてください。

いいね!してくれた人

ツイートする