花粉症と人類 (岩波新書 新赤版 1869)

著者 :
  • 岩波書店 (2021年2月22日発売)
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春は何の季節?
桃、桜、新緑、せせらぎ。
いやいや、花粉症に苦しむ人にとっては、何といっても花粉の季節だろう。
気候もよくなり、外で過ごすのにぴったりな季節のはずなのに、マスクは手放せない。今年はいずれにしろ、コロナ禍でマスク姿の人も多いが、例年、春先にマスクをしていたら、それはほぼ間違いなく花粉症の人である。
目はしょぼしょぼ、鼻はずるずる。
夫婦とも花粉症なので、洗濯物も布団も、我が家はこの季節、外干しを避ける。
春の爽やかな風を思いきり吸い込みたいところだが、そうはいかないわけなのである。

さて本書。「花粉症と人類」とはなかなか壮大なタイトルである。
実際、内容も花粉症の人類史といった趣でおもしろい。
人類はいつ花粉症と出会ったのか。
ヴィクトリア朝では貴族の病気だった?
花粉症の原因特定までの道のり。
イギリス・アメリカ・日本各国の花粉症。
興味深い話題が続く。

花粉症の歴史はどこまでさかのぼるか。
聖書や古代エジプトの記録の中にも、あるいはこれが花粉症かと思われる記述はあるが、確実とは言えない。歴史のロマンとしては深読みできて楽しいところではある。
ペルシャの医師、ラーゼス(865-923)がバラ風邪として記録しているのが、季節性アレルギー鼻炎の初めての記述と思われる。
ヴィクトリア朝期には、「夏カタル」として知られた。季節性であることはわかっていたが、原因は暑熱であると考えられた。
花粉が症状を引き起こすことを突き止めたのはチャールズ・ハリソン・ブラックレイ(1820-1900)で、彼はこれを「実験的研究」によって立証する。実験はすさまじく、80種類以上の花粉を集めて、自分の鼻孔や軟口蓋に塗り込んだり、結膜に点眼したり、傷つけた皮膚に擦り込んだりした。一方、花粉以外の物質が原因でないことを立証しようと、花や草の香気成分を蒸発させて浴びたり、カビやペニシリン、オゾンを吸入したりした。花粉以外のものでは、なるほど「夏カタル」の症状は出なかったが、吐き気やめまいなど相当の副作用があったようである。
ブラックレイは、スライドグラスにグリセリンを塗って空中の花粉量を調べてもいる。凧を上げて上空の花粉数も調べることに成功した。
ブラックレイと同時代に生きたチャールズ・ダーウィンは、彼の実験を賞賛し、励ましやアドバイスを記した手紙を送っている。天才は天才を知るというところか。

ここでダーウィンが助言の中に記していることの1つが、虫媒植物と風媒植物の違いである。植物は大まかに、粘着質の花粉を持つものと非粘着質の花粉を持つものに分けられ、前者は昆虫によって受粉する虫媒植物、後者は風によって受粉する風媒植物となる。花粉症を引き起こす植物は、イネ科にしろ、カヤツリグサ科にしろ、イラクサ科にしろ、風媒植物なのである。なるほど、虫媒植物であれば、花粉を空中に飛ばす必要はないため、花粉症の原因になる可能性は低い。

イギリスでは干し草、アメリカではブタクサが主因となった一方、日本で花粉症の原因として問題となったのは、初期には特にスギだった。
あまり古くはなく、最初に論述されたのは1964年のことである。この後、緩やかに広がりを見せ、1984年には、プロ野球の田淵幸一選手が花粉症を理由に引退を表明している。厚生省(当時)が動き始めるのもこの頃。
今や、ほぼ2人に1人が花粉症と言われる(2016年調査で東京都の推定有病率が48.8%)。

著者が大学院に進学したのは1990年で、各省庁がスギ花粉研究を推奨していたころだった。学会発表にあたり、スギ花粉が猛烈に飛散している写真を撮ろうとしたが、なかなかうまくいかない。ついには後輩に木に登ってもらい、枝を揺すらせた。写真は素晴らしく撮れたものの、後輩と著者は大量に花粉を浴び、帰り道の温泉で洗い流したが、結局花粉症になってしまったという。
笑ってよいやら泣いてよいやら、強烈なエピソードである。

全体にそこはかとないユーモアがあり、なかなか楽しい1冊である。
花粉症の治療についてはまったく触れられていないので、本書を読んでも症状は軽減されないが。

ちなみに、私自身の発症のきっかけは、かれこれ20年ほど前、子供を連れて行った高尾山。
ここは中腹にサル園があるのだが、何と、サルも花粉症になるのだ、とその時知った。周りはスギだらけ。さぞ辛かろう。大変だねぇと苦笑していたら、その帰途、くしゃみが止まらず、涙がぼろぼろ。何のことはない、自分が花粉症になってしまったのだった。他人(他動物)の不幸をわらうまじ。

ともあれ、今年のスギ花粉はほぼ終わり。ヒノキがあと少しである。
同士の皆さま、がんばりましょうw

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 生物
感想投稿日 : 2021年4月19日
読了日 : 2021年4月19日
本棚登録日 : 2021年4月19日

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