科学の発見

  • 文藝春秋 (2016年5月14日発売)
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著者は1979年のノーベル物理学賞受賞者(「素粒子間に働く弱い相互作用と電磁相互作用を統一した相互作用についての理論(=ワインバーグ・サラム理論)への貢献」)。
その著者自らが「不遜な歴史書」と呼ぶ本書は、科学の発展についての考察であり、大学の教養学部生向けに行った講義が元になっている。
2015年に出版されると、本書は欧米で大きな物議を醸した。現代の基準で過去を裁くという歴史学の禁忌を破ったためである。
著者の筆は容赦がなく、プラトン、アリストテレス、デカルト、ベーコンといった過去の偉人たちを厳しく批判している。
ただ、著者の目的は、過去の人々の誤りを糾弾することではなく、科学的思考にはどういう要素が必要であるが、それがどのように発展してきたのかを考察することにある。
過去の歴史を振り返ることで、自然を科学的に探究するとはどういうことかが浮かび上がってくるのだ。

本書で特筆すべき点の1つは、歴史的発見の科学的・数学的背景をまとめた「テクニカルノート」が付いていることだろう。ピタゴラスの定理や、天体の運動、重力加速度、光の屈折といった課題に対して、どのように証明されてきたかがまとめられている。元々が教養学部生向けであるため、使用されている物理や数学の知識は高校卒程度で、比較的噛み砕かれた解説となっている。

物理学の黎明期は古代ギリシャだが、ギリシャの科学は何よりも「美」や「調和」を重んじたものだった。「かくあれかし」が前提だったのだ。例えば、元素は5つであるとされたが、これは正多面体が5つ(正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、正二十面体)であるためである。火や土、空気といった各元素はこれらの形を取っていると考えられていた。
彼らは科学者と言うより自然哲学者といった方が適切だった。現代の科学と最も異なる点は、「実証」を求める姿勢がないことである。
観測結果と、理論から導かれる結果が一致することを、彼らは求めなかった。
そのためもあってか、ギリシャで発展したのはまず数学だった。ただし、これも著者によれば、美しくあることが優先され、「無理数」は「醜い」とされ、その発見が秘密裏に封印されたほどだったという。
アリストテレスは理性によって自然を観察し、理解しようとしていたが、目的論的な姿勢が強く、精巧ではあっても非数学的だった。
ギリシャ時代以降、17世紀に至るまで、数学で重要視されていたのは幾何学であり、現代物理に不可欠な代数学はなかなか発展してこなかった。
ヘレニズム期には、万物の根源は何かといった根本的な問いよりも、現実的な問題の方が重視された。ポンプや投石機、原始的な蒸気機関など、技術的な発展はめざましかった。
この時代を象徴する科学技術者はアルキメデスである。

天文学は実用的な意味が大きく、また観察が可能であったため、ギリシャ時代から発展してきた分野である。
だが、地球から見た天体の観測結果から、地球や天体がどのように配置され、運動しているかを解明するのは簡単ではなかった。「美」を重んじる伝統や宗教的な縛り、感覚から来る思い込み、そして観測技術の未熟さから、さまざまな「誤った」仮説が唱えられた。
17世紀に入り、コペルニクス、ティコ・ブラーエ、ケプラー、ガリレオらの観測や計算によって、惑星が楕円軌道で運行していることが示されてきたが、「なぜ」そうなるかという説明には至らなかった。

現代科学に不可欠なもの、それは実験である。
天体が対象である場合、観測は出来ても、動かしたり止めたりといった実験は不可能である。
地上の物理現象を解明するには、人工的な実験が必要だった。これを初めて行ったのがガリレオで、当社対の軌道が放物線であることを示した。
これをさらに発展させて、仮説を立て、それが正しいか誤っているかを確認するモデルを作り、実験をして証明する科学者たちが現れてきた。パスカルやトリチェリは、実験によって空気に重さや圧力があることを示した。

ニュートンの出現によって、物理学は天文学や数学と統合されることになった。重力の発見により、地上の現象と天体の運動を、同じ原理で説明することが可能になったのだ。
これにより、現代科学が成立したというのが著者の主張である。
その後、アインシュタインの相対性理論、量子力学の発展を経て、自然の法則を理解しようとする試みはさらに続いている。

全体に、歯切れのよい展開だが、著者が物理学者であるため、物理を科学の頂点としている点も論議を呼んだ一因だろうと思われる。
とはいえ、歴史的な科学の諸発見が手際よく解説され、科学とは何かを考えさせて意義深い。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 科学
感想投稿日 : 2016年12月25日
読了日 : 2016年12月25日
本棚登録日 : 2016年12月25日

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