驚きの介護民俗学 (シリーズ ケアをひらく)

著者 :
  • 医学書院 (2012年2月27日発売)
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感想 : 88
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民俗学の若き研究者として活躍していた著者だが、ある時点で大学を辞し、特別養護老人ホームで介護職員として働くことになる(このあたりの事情は本書の主題ではなく、したがって詳しいことはわからない。ただ民俗学のバックグラウンドを持つ人が介護職に就くことになった、ということになる)。

利用者には認知症の症状を抱えている人も多い。慣れない仕事に奮闘しながら、しかし、著者は利用者たちの思い出話が非常に興味深いものを孕むことに気付いていく。丁寧に話を聞いていくと、問題行動とされていたことも、昔の記憶と深く結びついており、実は理由があることがわかった例もあった。例えば、排泄時に使用した紙を汚物入れに入れていた人。実は、人肥に紙が混ざると後で畑で使用したときに風で舞い上がってしまうことから、便とは分ける習慣があった。話を聞いていくうちに、居住区域がどの辺りで、そのような習慣があったのはいつ頃で、と話が具体的に広がっていく。
場合によっては、他の利用者の記憶と話がつながっていくこともある。
こうした広がりは、テーマを決めて聞き取っていたのでは生まれてこない。
お年寄りの話を、興味を持って「驚き」ながら聞くことで、当時の暮らしの中では当たり前だったのに、今やまったく知られていない埋もれた話が聞き出されていく。

それはまた一方で、語り手が語る意欲も刺激する。それが利用者の生き甲斐や支えにつながる例もあったようだ。
ただ、認知症の人に限らず、話を「おもしろく」作ってしまうことは誰しもありうることで、どこまでが事実の部分なのか、見極めはなかなか難しそうだ。

実際問題として、介護の仕事と、民俗学的な聞き書きを平行して行うのには、さまざまな困難があることだろう。他の介護者・被介護者との関わり、さまざまな決まりや制約、先例がないことによる障壁。聞き取る側の個人の資質や、語り手と聞き手の間の相性、どうしても推量が入ってしまう部分があることなども問題になりそうだ。
しかし、著者にはそれでも、この仕事を続けてほしいなぁと思う。そしていつか、一般読者向けのこうした本をまた書いてほしい。
澄んだ「驚き」と怜悧さを備えた目で見つめた、「その頃」の暮らしを。読者の眼前に生き生きと立ち上がるその姿を。
可能ならば、また読ませてほしいと思う。

とにかく、頗るおもしろかった。


*『一〇〇年前の女の子』をちょっと思い出した。
私事だが、先日帰省した際に、うちの両親が昔の話を滔々とし始めて少々驚いた。2人とも教員だったのだが、実家のあたりは若いうちに何年かは僻地に赴任する決まりになっている。そのころの山の村の話などなのだが、これが非常におもしろくて重ねて驚いた。思い出話には語り手の記憶の表側に浮かび上がる「時」があるのかもしれない、なんてことも本書を読んでいて思ったのだった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2013年9月9日
読了日 : 2013年9月9日
本棚登録日 : 2012年4月1日

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