あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた

  • 河出書房新社 (2016年8月10日発売)
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原題は"10% Human"。邦題も原題もなかなか衝撃的なタイトルだが、ひと言付け加えるなら、これは重量比や体積比ではなく、細胞としての個数比である。人体には、ヒト細胞1個あたり、おおよそ微生物9個が存在することを意味する。細菌はヒト細胞より遥かに小さいため、個数としては1桁多くても、重量が宿主のものを上回ることはない。一般的に、ヒトに住む細菌は重量にして1.5kg~2kg程度と見なされている。

本書では主に、腸内細菌を扱う。人体には、このほか、皮膚常在細菌・口腔細菌なども見られるが、腸内細菌は量が格段に多い。そしてこれらは、ヒトと外界との関わりの中で、非常に大きな役割を果たしていることが判明しつつある。
腸内細菌が担っているのは、どうやら「お通じ」だけではないようなのだ。

21世紀、医療は昔に比較して格段に進歩しつつあるが、その一方で、以前よりも増えつつある病気がある。アレルギー、自己免疫疾患、糖尿病などである。自閉症を初めとする精神障害も増えている。また、病気とは言い切れないが、肥満や過体重は、特に先進国で多くの人に見られるようになってきている。
現代医学では、疾患と遺伝子を結びつける研究が盛んだ。確かに遺伝子の変異が主因になっている病気はある。しかし、現代増えつつある病気が、遺伝子のせいとは考えにくい。
著者はこれらの疾患や異常の一端が、乱された腸内細菌叢(=マイクロバイオータ)にあるのではないかと述べている。抗生物質や過度の清潔志向に起因する撹乱である。
何でもかんでも腸内細菌、というわけではなく、なるべく「科学的」な観点から、なるべく「慎重に」、確からしいこと、可能性があることが整理されているため、ある意味、判断は読者に委ねられる。
個人的にはとてもおもしろく読んだ。「21世紀病」と著者が呼ぶ疾患には、腸内細菌以外にも要因はあるだろうが、腸内細菌「も」一因となっているという見方は、かなり説得力があるように思われる。

わかりやすいところから行こう。
肥満。多くの人がダイエットを試みながらなかなかうまくいかないという経験をしているのではないだろうか。カロリーコントロールをしているはずなのになぜうまくいかないのか。あるいは同じものを同じ程度食べていても、太る人と太らない人がいるのはなぜか。
私たちが食べているものは、ヒト「だけ」が食べているのではなく、腸内細菌の食糧でもある。痩せたマウスの腸内に太ったマウスのマイクロバイオータを移植するとそのマウスが太るという実験結果が知られている。ヒトの場合にも、痩せ型のヒトに多い細菌種、肥満型のヒトに多い細菌種がある。摂取カロリーは食べた量で決まるのではなく、腸が吸収した量で決まる。腸内細菌の種類はこの吸収量を左右している。自らが吸収したいものを分解し、残ったもの(細菌が「食べきれなかった」もの)は宿主に吸収される。ドーナツなどの甘いものを分解するのが得意な細菌もいれば、食物繊維が豊富な野菜などを分解するのが得意な細菌もいる。
ざっくり言って、肥満型のヒトの腸内には、脂肪好きの細菌が多い傾向があると見られる。但し、腸内細菌は全体としてバランスを保っているので、では脂肪好きの細菌を取り除けばよいかといえば、ことはそう単純ではない。
最適な腸内細菌「カクテル」はおそらく、1人1人異なる。

アレルギーや自己免疫疾患に関しては、環境が清潔になりすぎたため、免疫系が攻撃するものを失って暴走しているという説が広く受け入れられてきた。いわゆる「衛生仮説」である。著者が紹介するのは、「旧友仮説」である。腸内細菌は古くから宿主と共生してきた。こうした細菌は、宿主の免疫系に「自分は敵ではないですよ」「攻撃しなくてもよいですよ」とメッセージを送り続けているというのだ。何を攻撃すべきで何を攻撃すべきでないか、ヒトの免疫系に指示しているのは、どうやらマイクロバイオータらしいことがわかってきた。
近年、幼少時から抗生物質を投与される例が多い。ちょっとした風邪、発熱、中耳炎。幼児期にまったく抗生物質を投与されなかった人を捜す方が困難である。重度の全身炎症など、抗生物質が本当に必要な事例はある。抗生物質のおかげで、以前なら必ず命を落としていたような場合でも、助かる例が増えてきた。しかし、抗生物質が投与されれば、一度細菌叢は一掃される。腸内に再び細菌が戻ってきても、往々にして以前より多様性が失われる。
こうした撹乱が、免疫系発達中の大切な時期に起こったとしたら。自己免疫の一因になる可能性はある。

自閉症などの精神疾患が腸内細菌と関わりがあるかも、と言うと、いかにも眉唾な印象を受けるが、自閉症の児童に抗生物質を投与して、症状の改善が見られた例はあるという。因果関係は不明だが、自閉症児で慢性的な下痢・便秘がしばしば見られるという報告もある。腸と脳には神経の連絡もあり、幼少期のマイクロバイオータの乱れが幼い脳に影響を与える可能性は荒唐無稽ではないかもしれない。

結論としてエピローグに挙げられる事柄は、比較的、当たり前の印象を受ける。
食事については、(多くの微生物を養っている意識を持ちつつ)食物繊維を多く含むなど適切な食糧をふさわしい量で取る。
抗生物質はリスクとメリットをよく見極め、慎重に使う。
自然分娩は帝王切開より望ましい。帝王切開がやむを得ない場合でも、母体の細菌を子供に塗布するなど、何らかの手段を講じることが望ましいと思われる。母乳も推奨される。
ヨーグルトは悪くはないが、過度の期待はしない方がよい。詳細は本書で確認されたし。
「悪玉」細菌が原因の難治性腸疾患に罹ってしまった場合は、健康な人の糞便移植が功を奏するかもしれない。

上記に挙げた以外も、新たな研究成果やその萌芽が多く紹介され、この方面に興味を持つ人であればスリリングな読書となるだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 生物
感想投稿日 : 2016年9月29日
読了日 : 2016年9月28日
本棚登録日 : 2016年9月29日

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